溺愛誓約〜意地悪なカレの愛し方〜
ずっと聞こえていた喧騒が、やけに遠い。


居酒屋なんだから、もっとうるさくてもいいはずなのに。
今は驚くほど静けさを感じていて、誰もいない空間にふたりきりで閉じ込められたのかと錯覚しそうになる。


あ、そういえば、ここって個室だった。いいよねぇ、個室……。のんびりできるし、今度私も予約してみようかな。


「おい」


どうでもいいことが頭の中で踊っているせいで、肝心なことに思考が使えない。
ただ、さっきまでは悲しかったはずなのに、なぜか今はそんな感情がほとんどなくなっていることだけはわかっていた。


「……ん? 課長、誰かが『おい』って言いませんでしたか?」

「この部屋には俺とお前しかいないんだから、俺が言ったに決まってるだろ」

「え?」


心底呆れたような顔をされてキョトンとしたあとで、思わず小さく噴き出してしまった。


摂りすぎたアルコールのせいか、似合わない冗談がおかしく思えて……。
少し前までは泣きそうだったことが嘘のように楽しくなってきて、クスクスと笑いが漏れてしまう。

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