極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
「放してください!」

「抵抗するなら縛るぞ」


低く零された言葉に身の危険を感じたのは、篠原なら本当に実行してしまうのがわかっているから。


勝手に帰ろうとしたことに怒っているのはわかるけれど、あまりにもくっきりと見えるひどい苛立ちの原因がそれだけだとは考え難い。
ただ、色々と考えてみても他に心当たりはなくて、むしろ怒っているのは私だって同じなのだ。


私には傍にいるように告げたくせに、自分はセリナさんと散々楽しんでいた。
そんな彼に沸々と苛立ちが込み上げ、エレベーターに乗り込んだところで思い切り手を引っ込めた。


「おい──」

「先生の気まぐれで振り回されるのは、もうたくさんです」


篠原を遮った私は、彼を睨むようにして見上げた。


「セリナさんと楽しそうにされていたんですから、そのまま朝まで過ごせば良かったんじゃないですか?」


口をついて出てくるのは、あまりにも可愛いげのない言葉ばかり。


「あんなに綺麗な方なんですから、先生だって本当は満更でもなかったんでしょう?」


本当は、こんなことを言いたいわけじゃないけれど──。

「私のことなら、別に気を遣っていただかなくて構いませんから」

ドロドロとした感情を纏った嫌味ばかりが、次々と声になった。

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