極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
ダメ元で編集長に『あの新人と仕事をしてみたい』と切り出した時には、まさかその要求が通るなんて思ってもみなかった。
顔出しや催促を嫌がる俺は、気難しい作家として周知されていることは自覚していたけれど、だからと言ってこんなワガママが許されると思っていたわけじゃない。


もっとも、『インスピレーションが湧きそうだ』とかなんとか言ったような記憶もあるから、編集長としてはそれが目当てだったのだろう。
どちらにしても、あの唇からまた俺の作品のことを語られる機会があるだろうと思えば、創作意欲が湧いた。


戸惑いを隠せない様子で担当者が交代するという挨拶にやって来た雛子は、『どうして私なんですか?』と訊いてきたけれど……。その質問は聞き流して、作家と担当者としての彼女との付き合いが始まった。


実際、雛子はお堅そうな雰囲気のまま融通が利かないどころか冗談のひとつも通じない人間だったものの、仕事の飲み込みは早かった。
なによりも、俺の邪魔をすることも急かすようなこともなかったから、歴代の担当者たちの中でも彼女との仕事が群を抜いて捗った。


雛子の感想はいつも的確で、彼女のちょっとした言葉が、作品のネタ作りに役立ったこともある。


だけど、そんな俺たちの関係が順調だったのは、ほんの少しの期間だけだった。

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