極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
篠原に掛けられた苦労の数々にため息をつくと、鍋の中が沸き立っていることに気づいた。慌てて火加減を下げた時、そういえば元カレも肉じゃがが好きだったな、なんてことを思い出してしまった。


同じ講義を取っていた彼にある日突然話し掛けられたのは、大学卒業間近の頃。


彼は、バカみたいに生真面目で男性に慣れていなかった私のことを『可愛い』と言い、いつも優しく接してくれた。就職してからも時々会うようになって、一年半前に彼に告白をされた時には戸惑いながらも頷いた。


だけど……。
昨日の彼の隣には、私とは正反対の可愛らしい女の子がいたのだ。


食器棚に映る私は、黒いゴムで髪をひとつに纏め、スッピンに近いほどの薄いメイクを施しているだけ。ふわふわとした雰囲気を纏っていたあの子とは、あまりにも違い過ぎて比較することもできない。


そんなことを考えては漏れる、大きなため息。


運命だと思っていたのは私だけだったのかもしれない、なんて思っていたけれど……。本当は私も、運命だなんて思っていなかったのかもしれない。


だって……。
篠原が書く主人公のように彼のことをちゃんと好きだったのかどうかは疎か、ひとりになっても泣くことすらなかったのだから。


きっと、“運命”を語るなんておこがましい。

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