極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
【失恋ショコラ】を読み終えた時、すべてを篠原に壊されてしまったような気がした。
原稿を見せてもらえなかった理由がわかったことも相俟って、最初は彼に対して腹立たしくて堪らなかった。


だけど……時間が経てば経つほど、大きくなっていくのは虚しさ。


私を困らせることがなくなった篠原に喜べばいいのに、そんな感情は芽生えなくて。
彼を傷つけてしまったのかもしれないと、妙な罪悪感に包まれて。


それでも、謝罪はできず、気持ちの整理もできないままの自分にうんざりして。
そして、そんな感情たちに覆われた心の中で一際存在を主張しているのは、虚しさなのだ。


「あ……」


篠原の住むマンションに着いてエントランスに入ると、ちょうどロックを解除してドアを潜る彼の姿が見えた。


私の声に気づいたらしい篠原が、ゆっくりと振り返る。
視界を占める綺麗な顔に、一瞬だけ時間が止まったような気がした。


ガタンと音を立てて閉まったドアの向こうにいる彼が、数歩分戻ってくる。


「ボーッとするな」


その言葉で、篠原が私のために自動ドアのセンサーが反応するところまで戻ってきてくれたのだと気づいて、慌てて足を踏み出した。


彼は、私がドアを潜り抜けたのを確認すると、さっさとエレベーターに乗り込んだ。

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