絵本男と年上の私。
19話「冷たい目」



   19話「冷たい目」


 久しぶりに会った白としずくは、話が弾んでいた。久しぶりと言っても、それほど長い期間ではなかったが、毎日のように顔を合わせていたので、若干照れてしまう気持ちを感じられるほどではあった。
 だが、白に泣き顔を見られるというそれ以上に恥かしい出来事があったので、その気持ちは感じられることはなかった。
 車の中に2人きりという状況もすっかり慣れてしまい、白の車という他人のテリトリーでも、しずくは安心感を感じられるようにもなっていた。
 
 しずくは、白が運転しながら話をしているときに、自分の洋服が着崩れしている事に気が着いた。
 上のシャツは片腕だけ袖が捲くってあったり、襟が曲がっていた。タイトスカートも若干上に上がっており、しずくはこっそりとその着崩れを、夜空のフロントガラスを見ながら直していた。

「今日は、仕事なのにそういう格好をするなんて珍しいですね。」
 しずくが服を気にしているのに気がついたのか、白が服装の事で話題を振ってきた。
 実際、仕事の日にヒールを履くことはほとんどなかった。保育士は毎日の通勤の荷物が多くなってしまう。服はもちろん着替えるし、エプロンに、食事の介助用のエプロン。そして、汚れることも多いので呼びの着替えも持参している。
 それだけも、多いが持ち帰って仕事をする場合もあるのでその書類や教材なども持つとなると、かなりの量になる。それを持ってヒールは大変なので、しずくはいつもスニーカーを履いていた。
 通勤中に歩く距離が長いので、歩きにくいタイトスカートもほとんど履かない。
 そのため、今日の格好は白にとって珍しいファッションだったのだろう。
 
 正直に話すべきが少しだけ悩んだが、隠す必要もないと思い、しずくは今日の出来事を白に伝えることにした。
「実は、小学校の時に仲が良かった友達に久しぶりに会う事が出来たの。仲良しの友達とたまたま知り合いだったみたいで、サプライズで再会したの。」
「そうだったんですか!よかったですねー。」
 白は、正面を見て運転をしながら、笑顔で返事をしてくれた。
 誕生日に予定を入れたことについては、何とも思っていないようだ。待たせてしまったので、しずくは多少気にしてしまったが、会う約束をしていたわけではなかったので、当然といえば当然なのかもしれない。
 彼の反応を見て、しずくは今日のあった嬉しかった事を白に伝え始めた。
 その友達から雨ちゃんと呼ばれている事、うさぎを貰った事、その彼が優等生ととても人気があった事、それを白に伝えた。
「雨ちゃんって可愛いね。」、「うさぎ飼ってたんだー!名前はなんて言うの?」と、白も返事をしてくれていた。
 だから、彼の微妙な変化に気づくのがしずくは遅れてしまった。
 少しずつ白の言葉や相槌が減っているのに、気がつかないほど夢中になっていた。
 おかしいな、と思った頃には、自分の家の前に車が停められていた。
「えっと、いろいろビックリした事はあったけど、久しぶりに会えて嬉しかった・・・。あの、白くん。私だけしゃべっちゃってごめんね。」
 家に着いたのに、白は無言のまま何かを考えるように、正面を向いてこちらを見てくれなかった。
 会っている時はいつも笑顔を絶やさない彼だったので、今のような態度は初めてだった。
 しずくは、どうにか彼の気持ちを理解しよう、いつもの彼に戻って欲しくて、謝罪の言葉を伝えたが、それにも彼は反応がなかった。

「白くん・・・あの。」
「その彼に、しずくさんが初恋の相手だった、今からでも付き合って欲しいって言われた?」
「えっ・・・。どうしてそれを・・・。」
 白は、やっとしずくを方を向いて、そう言葉を投げかけた。本当に投げつけるような、少し強い口調で。
 もしかしたら、自分が感じてるほど強い言葉ではなかったのかもしれない。
 でも、いつも優しい彼に言われたことで、そう感じ取ってしまっただけなのだろうか。
 それでも、普段の白からは考えられないような態度と、そして目線だった。
 真剣な顔は見た事があった。
 それに似た表情ではあったが、目にはギラギラとした怒りが感じられた。

 白の問い掛けは半分当たって、半分外れていた。
 だが、彼がわかるはずもない事を言い当てられ、しずくは困惑していた。
 そして彼女の返事と動揺している姿を目の当たりにして、白は「やっぱりそうか。」と独り言を言うようにつぶやいた。

「その人と付き合うの?」

 白は少し冷たい目をしずくに質問した。
 それは、冷静すぎるほどの声で、しずくを驚かせ、怖がらせるのには十分なものだった。
 彼の態度で、しずくはすぐに(彼を怒らせてしまった。)と、理解出来た。
 そして、勘違いをしているという事も。

「・・・光哉くんとは付き合わない。確かに初恋だったかもしれないけど、今は好きという気持ちはないから。」
「じゃあ、僕には?」
「・・・え。」
「じゃあ、僕には好きという気持ちはないの?」

 今までの白は、しずくの気持ちを待たずに、答えを急かすことはなかった。
 しずくが納得し、昔を思い出すまで待ってくれていた。
 それなのに、それを急に止め、返事を求めてきた。

 しずくは、白の事が好きだった。
 会えなかった日も、スターチスの宝石を見て彼を思い出していた。
 彼と付き合えたら、どんな事をしたいか、どんなところでデートをするのだろうか、毎日会えなくても連絡をして声は聞けるのだろうか。
 そんな夢のような事を考えていた。
 
 今「好き。」と言ってしまえば、それはすぐに叶うだろう。
 好きだと伝えれば、彼はいつものように笑って抱きしめてくれるかもしれない。

 

 だけど。
 今までそれを我慢してきたのは、昔の彼を思い出したいから。
 自分で思い出して、堂々と彼に向き合いたいから。
 これは、自己満足なのかもしれない。
 今、この時に「好き。」だと伝えて付き合っても、上手くいかない気がしてならなかった。

 白に昔の話を聞いて「ああ、そういう事もあったね。その時は、こんな事があったね。」と、彼の話しを聞いて思い出すことが出来ても、私たちは本当に嬉しいのだろうか。
 本当に彼の事を好きになったから、彼の昔を自分で思い出して、思い切り「大好き。」と自身を持って伝えたい。
 そして、彼の今までで1番の笑顔が見たい。

「まだ、・・・わからない。」

 彼にその思いが伝わるかはわからない。
 でも、今は「好き。」と伝える時じゃないという事をわかってほしかった。

 だが、白はその返事を聞くと、顔を歪めた。
 泣いてしまうんじゃないか、そう思ってしずくが、彼を言葉をまた紡ごうとするが、拒否するかのように、彼はこちらを向くのをやめて、ハンドルに腕を突いて顔を埋めた。

「白くん・・・・。」
「ごめん。今日は帰ってください。」

 くぐもった声で白はそう言ったきり、もう何も言わなかったし、しずくを見る事はなかった。
 しずくは、自分のバックと貰った茶封筒のプレゼントだけ持って車を後にした。

 しずくの居た助手席には、スターチスの一輪の花が、寂しげに置かれていた。

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