不機嫌な茶博士(boy)
憂鬱な月曜日

イケメンとか、なくない?

―――お茶はね、一碗は口吻(こうふん)を潤し、二碗は孤悶(こもん)を破ると言われていたのよ


(でも先生、今は10杯飲んでも効きそうにありません…)


 おっとりと微笑む、色白でふくよかな吉岡先生の顔を思い出しながら、神崎美織(かんざきみおり)は今日何度目になるかわからないため息をついた。

「…結局、変なのだけ残っちゃいましたね…」

 美織の隣でお稽古の準備をしている、二年生の栗田真央の呟きに、またしてもため息が出る。
 彼女が言うところの“変なの”達は、今頃階段の踊り場で、スマホ片手におしゃべりしながら、出待ちよろしく“彼”を待っているのだろうか。

「あ、由紀ちゃん。」

 ピコン―――という独特の機械音。
 同じく二年生の佐山由紀は、学校の近くにある小さな菓子屋へ今日のお稽古用の菓子を買いに行ってもらってるのだが、

「あー、先輩?」
「何?」
「由紀ちゃんが、今日のお菓子どうしますか?って…」
「…」

 美織はしばし考えこんだ。
 今日のお稽古は、自分達3人、プラス“変なの”3人組だ。
 今までなら3人分の主菓子(おもがし)と呼ばれる餡を使った練り切りのお菓子を準備するのだが、これは一つあたりの単価が高い。
 菓子代は部員から集めた部費から捻出しているが、“変なの”達はまだ部費を納めていないし…。

「お干菓子(ひがし)でいいよ。…今日もお点前(てまえ)させてもらえるかどうかわかんないし。」
 言い切ってから、またため息をついた。
「了解です。…どーなるんですかね、これから…」
「言わないで、栗ちゃん…」

(ホント、どーしたらいいんだろ…)
 
 10月に開催される芳華祭(ぶんかさい)の事を思うと頭が痛い。
 まだ先とは言え、週1しか活動しない事を思えばこそ、連休前から―――いや、もうあの日からずっと、芳華祭の為に色々準備してきていたのに、このままじゃ―――!!


 言い様の無い焦りに拳を握り締めた時、不意に悲鳴のような歓声が上がって、美織は我に返った。

(来た―――)

 美織は息を飲んだ。
 “彼”が来てから3週目になるが、どうにも落ち着かない。
 それは真央も同じようで、茶室の空気が一気に緊張に包まれる。

 本来、美織にとって毎週月曜日のこの時間は、この上なく大切で、大好きな癒しの時間だった。
 しゅんしゅんと音を立てる炉から立ち上る暖かな湯気と、彩り鮮やかな季節のお菓子…いつもほっこりとしていたお稽古の日々は、あの日から一変してしまった。

 GWに実家へ遊びに来た吉岡先生の娘さん―――正確にはその息子であるお孫さんがいなければ―――!
 いやいや、可愛い孫を抱っこするのは、祖母なら当然の事で、孫を抱っこしたせいで祖父母がギックリ腰になるなんてのは、いわゆる祖父母あるある―――

(吉岡先生のせいじゃない、吉岡先生のせいじゃない、けど!)



 ―――からり、と。

 音を立てて開いた引き戸から、
「ねー、いいじゃん、ID、交換しよ?」
 という猫なで声を引き連れて、一人の少年が入ってきた。

 県内随一の名門男子校の制服に包まれたすらりとした肢体は、ほっそりとしているが肩幅が広く、上着の上からでもそれなりに鍛えているのがわかる。
 入る瞬間に軽く頭を下げたのは挨拶の為では無く、古い茶室の入り口が昔の日本サイズで頭をぶつけそうだからだろう。―――最も、実際にはギリギリ大丈夫に見えるが。(美織談)
 上がりかまちで靴を脱ぎ、纏わり付く“変なの”3人組を完全に無視しながら、屈んで靴の向きを変え、やはり頭を下げながら、開け放したままの襖障子をくぐって茶室に入ってくる。
 途端に部屋が狭くなったように感じるのは、彼の背が150前半しかない美織が見上げるほど高いから…だけでは無い。
 “変なの”3人組の分ももちろん入ってない。
 畳の上を滑るように歩き、床の間の前で裾を払うように優雅に腰を下ろす。

 すっと伸ばした背筋。
 癖の無い黒髪の間から見える切れ長の瞳に通った鼻筋。
 上まできちんとボタンを留めてネクタイを締めた姿は今風ではないが、いわゆる“品がある”とはこういう姿をいうのだろう。

 茶道家元 遠野流―――

 古田織部(ふるたおりべ)の流れをくむ武家茶道の一派で、江戸時代までは藩主に仕える重臣でもあり、一万石取りの大名だったという―――彼、遠野翔眞は、その遠野流の跡取りで御曹司だった。


 ていうか、たかが部活で!!
 ここは女子高なんですけど―――?!


 という心の叫びを、今日も美織は心の中で押し殺した。




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