不機嫌な茶博士(boy)

茶道部芳華祭野点計画が始動した訳

芳華女学院(ほうかじょがくいん)―――創立は明治の初め。
 この地方の藩主の奥方が、士族女性の学問所として開いたのが始まりだという。


 当初から「才色兼備」をモットーに、勉強とスポーツ以外に礼法にも力を入れており、その一環として茶道と華道は生徒全員参加で行われていたらしい。
 しかし、時代の流れと共にカリキュラムから外され、35年程前から部活動の1つとして位置づけられ、現在に至っている。
 年々部員数を減らしながら、それでもなんとか活動を続けていたのだが、今年、ついに大きな山場を迎えていた。

 1年生の新入部員が全く入らなかったのである。





「ゴメンね、あたしが休んだりしなければ…」

 美織は茶掃き箱(ちゃはきばこ)からお棗(なつめ)に茶を移しながら項垂れた。

「しよーがないですよ~、インフルエンザじゃ~」

 菓子屋から戻ってきた由紀が、買って来た菓子を菓器に入れながら苦笑する。
 隣で真央もうんうんと頷いた。
 毎年、新入生のオリエンテーションで行われる部活紹介の日。
 美織は季節はずれのインフルエンザで、高熱を出したのだ。

 2年生二人は朝イチにメッセージを受け取ったが、壇上で話す為に作っていた紹介文を取りに行く訳にもいかず、心構えもないまま一緒に講堂の舞台に立って、大勢の1年生の前で言えたのは、

「さ、茶道部です。いっ、いいクラブでっす。よっ、よろしくお願いしますっっ!!」

 ―――だけだった。

 さらに悪いことに、茶道部の活動している茶室は、本館の2階にある。

 創設当初からある本館は、よく言えば重厚な建物で、悪く言えば古ぼけている上に、職員室等があって教職員達ばかり出入りしている事もあり、入ったばかりの新入生には近寄りがたい建物なのだ。

 毎年オリエンテーションの際に、

「毎週月曜日に活動していますので、興味のある人は、今度の月曜日、本館入り口で待ってます。美味しいお茶とお菓子を準備しときますので、気軽に来て下さいね~」

 と締めくくるのが定番だったのだが、それを言わなかった事に気がついたのは、誰も来ないまま終わった部活終了時間であった――。



「大丈夫よ、芳華祭があるじゃないの。」

 そう言って落ち込む3人を励ましたのは外部講師の吉岡先生だった。芳華祭というのは、毎年10月半ばに開催される文化祭の事だ。

「新入生だけじゃなくって在校生も、みんながいいわ~と思うお茶会にしましょうよ、ね?」

 確かに芳華祭では、毎年茶室を使って茶会を催してはいるが、部員の友達やOGが来るぐらいで、およそ盛況とは言い難いささやかなものだ。

「そうね~、茶室(ここ)でやると確かに判りづらいし、何より狭いわよね。」

 ふっくらした色白の頬に指をあてて考える姿がやけに様になる65才の先生は、ぽんっと手を打つとにこやかに言った。

「そうだ、野点(のだて)にしましょう。」

「えっ?!」

「野点…ですか?」

 3人は顔を見合わせた。

 野点…というのは、読んで字の如し、屋外でお茶を点てる事を言う。

「野点なら、お客さんが椅子に座っていられるから、気軽に楽しんでもらえるでしょう?いつも中庭に沢山模擬店が出てるから、そこの一角を借りて」

「中庭…ですか…」

 途端に2年生2人の顔が曇った。…というのも中庭でやれば確かに目立つし人も沢山来るだろう事は想像に難くない、が。
 イコール、出店を狙うグループも多いという事で、毎年物凄い競争率なのだ。

 基本3年生のクラスが優先で、その次となれば部員の多いクラブや顧問の力がものを言う。

 茶道部の顧問は図書館司書の先生なので、生徒の中にもあまり顔を知られていない位だから、当然教職員の中でも力がある方とは言えないだろう、が…

「…わかりました!」

 突然の大きな声に、由紀と真央が顔を上げると、膝の上で拳を握った美織が頬を紅潮させながら続けた。

「中庭っ、頑張りますっっ!!野点しましょう!!」

(え~っっ)という2人の心の声は、もちろん吉岡先生には聞こえない。おっとりと微笑みながら頷いて、

「そうね、頑張りましょう。私も出来る限り協力するわ。」
「はいっっ!!」

 こうして、茶道部芳華祭野点計画(吉岡先生命名)が始動したのだった。





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