死してなお、私は貴方の剣
死してなお、私は貴方の剣

「本当に、行くのだな」

そんなに悲しそうな顔をしないで。
恋人らしい言葉は、もうこの場では言えなかった。

はい、と絞り出すような声で返事をするのが精一杯で。
彼もそれをわかっているのか、片手に携えた銀色の剣を無言で握り締める。

数十年以上にわたって、幾度となく繰り広げていた我が王国とその隣国との戦争は、昨日の明朝この王国に落とされた魔法をもって、勝敗が決しようとしていた。

ここ十年ほどは、我が王国が優勢だった。
天才的な魔導士が一世代に十二人生まれ、ちょうど王直属の騎士団に入団を果たしたあたり。そして、若き国王が王座についたあたり。
彼ら彼女らの活躍はずば抜けていて、隣国に対して一方的な勝利を収めた。
十二人のうちの一人である私も、騎士団の突撃部隊〈青〉を束ね、戦場に何度も赴いた。

そう、私たちは安定した勝利に油断していたのだ。

隣国が、千人にも及ぶ魔導士を犠牲にして発動させた〈天楽〉。
魔法での戦争が常識と化した世界でも、それだけは使ってはいけないとされる禁忌魔法の代名詞。

それはまさしく、光の雨だった。

空から黄金の光が幾条にも降り注いで。
神の怒りのように、平等に、残酷に、全てを破壊し尽くした。

範囲はおそらく、王国全土。
大国とは言われなかったが、それなりの規模を誇る我が王国は、その日の朝、何も残っていなかった。

幸いなのは、国境線近くの、最前線でもあった砦だけが唯一無事だったこと。
そしてその砦には、我らが国王が偶然にも訪れていたことだった。

光の雨が止んでからの、国王の決断は早かった。
砦に残った百人ほどの騎士を集め、彼は高らかに宣言したのだった。

「我々は、大人しく殺されるつもりはない」、と。

最上位の広範囲殲滅魔法を使ったことから、最早隣国にはこの王国の民を生かすつもりはない。
しかし、このままでは近日中にはあちらの国の軍隊が押し寄せるのは確実。
どちらにせよ殺される。
ならば、最後まで抵抗し尽くそう。

ーーー明日の朝、我々は隣国に攻め込む。

死の覚悟を決めた騎士達の顔は、凛々しく、誇りに満ちていた。

慌ただしく準備をして、最後の晩餐を楽しみ、そして一夜明けた明朝。

私と国王は、並び立って朝霧の燻る草原を眺めていた。
懐かしい二人だけの時間。
まさかそれが、別れの時間になるとは思わなかったけれど。

国王が苦しそうに言葉を吐き出す。

「何で俺はここに残らないといけない。部下を死地に追いやるのに、一人だけ安全圏にいろ、なんて残酷だ。」

今回の任務にあたって、私は国王の残留をずっと主張し続けた。
粘りに粘って、最終的に百人弱の部隊を私が指揮し、国王は狙撃部隊〈緑〉の部隊長と共にただ二人砦に残ることになった。

十二人いた天才魔導士は、私と〈緑〉の部隊長の二人しか生きていない。
ちょうど戦略会議に出席するため、各地の砦から城へと戻っている時期だった。
生き残った騎士は、それぞれの部隊長に置いていかれた。

国王を残したかった理由は、貴方が戦場で死んだら、騎士達の士気が下がるでしょう、なんてもっともらしいことを言ったが、実際は違う。
それも嘘ではないけど、真の理由はもっと自分勝手だ。

誰だって、愛する人の目の前では死にたくないし、愛する人が死ぬところなんて見たくないでしょう?

だから私は彼にお願いした。
どうか、私に先に死なせてください。
最初で最後のワガママは、酷く冷たいものになってしまった。

「ですが、貴方には最後まで騎士達の心の支えである必要があります。」

「そんなことはわかっている。わかっているに決まってるだろ……。」

まるで言い聞かせるかのように、徐々にちいさくなる声。
あと数刻すれば二度と聞けない恋人の声は、特別に美しいと感じる。

私達の関係は、それなりに知られていた。

優秀すぎる同期はみんな知っていたし、騎士団でも古株達では周知の事実。
なんなら王家公認だった。

互いに仕事に私情を挟みたくなかったから、城内では常に一部下として接していたのだが、二人きりで会うときは甘やかしていたし、その何倍も甘やかされていた。

単純に楽しかった日々は、目を閉じれば鮮明に思い出せるのに、もうどこにもない。
微かな痛みを伴った記憶は、帰れない場所の象徴になってしまった。

「なぁ。」

隣に立つ国王が、私の名前を呼ぶ。
返事をして横を向くと、彼は悲痛な面持ちで私を見ていた。

そっと伸ばされた手が、私の青色の髪に触れる。
するりと大して長くもない髪を撫でた指先は、次いで優しく頬へと下りた。
温度を確かめるような触り方は、昨晩のような激しさはなかったけど、同じくらいの強い想いを伝えてくる。

死ぬな、と。

昨晩、闇に沈んだ部屋の中で、彼は泣きながら私を何度も求めた。
初めて見た涙は、何にも反射せずに透明なまま私の肌に落ちるだけで。
確かな温度を持ったそれが悲しくて、拭たくて、彼の金色の髪を掴むように抱きしめた。

狂いそうになる快感の中で、それだけは覚えていた。

「私は逃げれない。だって、貴方も逃げないんだろう?」

敬語をやめ、恋人のときのように砕けた口調で話す。
真っ直ぐに見つめあった瞳。

何も言わず、私達はどちらからともなく互いの背中に腕を回した。
ぎゅぅっ、と力を込めると騎士服の金具が擦れて短い音を立てる。

誰よりも安心出来る匂い。
彼の首筋に鼻を近付けて、息を思いっきり吸い込んだ。

「俺は。」

「うん。」

「本当は死んで欲しくない。」

「うん。」

「誰にも死んで欲しくなかったんだ。」

「うん。」

「お前と一緒に生きたかった。」

「うん。」

「好きだ。」

「………うん。」

「………………愛してる。」

「………わ、たしも。」

声が詰まる。
涙が出そうなのを必死に堪えていた。

知ってる。
わかってるんだよ。

私が剣を捧げた主人は、昨日からずっと傷ついて、自らを罰するように傷付けていたこと。
血の滲む包帯が巻かれた腕。
爪で皮膚を切り裂くほど強く握られた掌の傷。
心の中で、何度も何度も死者に謝ってること。

それから、本当は部下を連れて逃げ出したいことも。

私達騎士団は、無理だ、と思ったら自爆魔法で周囲を巻き込んで死ぬよう教えられている。
国が持つ魔法の強さがイコール国の強さとなった時代、情報は生命線だ。
捕虜になることなどあり得ない。

運命に抵抗して戦う、という宣言は、すなわち死んでこい、という命令にも等しい。

優しい彼が、苦しまないはずがなかった。

だけど王だから。
一番正しいと思う選択をしたのだ。

逃げられない鎖。
鍵は光の雨のせいで永久に失われた。

身体能力強化魔法と氷属性の攻撃魔法を得意とする私は、前線に出ないといけない。
彼を置いて、死地へと。
ただでさえ戦力が底をついているのだ。ここで〈緑〉ではなく私を残せば、それは私情になる。

彼は正しい。
正しく、最善策を選んだ。
だから私は、従うしかない。

愛し合う二人が運命に引き裂かれる悲劇。
なんて儚く、美しく、そして憎い。

「……私は、最後まで貴方の事を想って戦うことに決めた。」

それが一番強くなれるから。

だから。

「貴方は私を想っていて。」

国王の顔を見上げて、滲んだ視界のまま不器用に笑う。
彼は何も言わなかったけど、私をさらに強く抱きしめて歪んだ笑顔を胸元に隠した。

誰かを憎む心と、誰かを愛する心。
どちらかがあれば、人はどこまでも強くなる。

私は憎しみに囚われた最期は嫌だ。
囚われるなら、唯一愛した貴方がいい。

その想いこそが、私の持つ最強の剣だから。

私は貴方の剣になりたい。

死してなお、貴方の一番近くに。

言葉がないまま時間は過ぎて、遠くから集合の合図である鐘の音が聞こえてきた。
体を離す。
彼の目に、私の目にはもう迷いはない。

「行きましょう。」

「ああ。」

カチリ。
そんな幻聴が耳を掠める程、見事に彼は指揮官の顔になった。
私はそんな彼の後ろに立って、騎士らしくついて行く。

これから彼は、残った騎士に激励の言葉を送り、死地へと見送る。
もう私に甘えるのは許されない。

だけどそれでいい。
私が愛したのは、そんな貴方だ。

ふっ、と浮かべた微笑は、彼に気づかれずその場に置いていった。

私は剣を掲げる。
全てを奪った戦場で。

愛憎が入り混じった、黒と赤の殺意を胸に。
< 1 / 2 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop