Adagio
(よく考えたら、佐倉さんから逃げる必要なんてないよね)
 有紗は思い直すと入店待ちの列に戻り、自分から華美に声をかけた。

「佐倉さん、お疲れ様ですー」
 真剣な顔でスマートフォンをいじっていた華美はふと顔を上げ、驚きのままの勢いで話しかけてきた。

「綿貫さん、偶然! ……びっくりした、買い物?」
 華奢な手が有紗の左手を掬い上げる。親しげな雰囲気に、逆に有紗のほうが驚いてしまった。

「はい。でも買い物はもう終わって。実はわたしも今日ここでディナーにしようと思ってて」
「ほんと? ひとり? ねえ、よかったら一緒に食べようよ」

 優しい笑顔を前にして、有紗はただ頷いた。華美が後ろに周り、二人で列に並ぶことになった。どきどきしながら華美に目を向ける。メイクにも作りこんだ雰囲気がないからか、同性から見ても嫌味がない。
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