Adagio
「はい」
 仕事の話をしているうちに、白亜の本社ビルが目前に迫ってくる。

「あの、坂巻さん」
「ん?」
 勇気を出して顔を見上げると、坂巻の優しげな視線が向いた。

「……きっとすごく忙しいとは思うんですけど、今週末、空いてませんか。外苑前の交差点に紅茶専門店ができたんです。

アフタヌーンティーの、パイナップルソースを使ったサンドウィッチと、ケーキと一緒に出てくる手作りサブレがすっごく美味しいみたいなんですけど、坂巻さんサブレ好きかなあって。あの、変な意味じゃなくて、ただ……もし時間が合えば一緒にどうかなって」

「ええと、今週末は予定があって」

 じゃあ来週の予定はどうですか? そう訊いたら、坂巻ならばどこか予定を空けてくれるかもしれない。きっかけは強引でも、美味しいものを食べながら話ができれば、少しは距離も縮むかもしれない。

けれど、断り方を困らせてしまったら。有紗は、昨日駄目だと気付いたばかりの、嘘の笑顔をはりつけていた。
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