Adagio
「ごめん」
一呼吸おいて、坂巻は言った。どうとでも取れる言葉で濁したのは、彼なりの優しさなのかもしれない。
「全然気にしないでください。プロジェクトも始まって、いちばん忙しい時期なのにすみません。新システム、すごく楽しみにしてるんです」
それらしい言葉がすらすらと出てくるのが不思議なくらい、頭の中は真っ白だった。
「ありがとう」
坂巻は変わらず、こちらが罪悪感にかられるほど、優しげな笑顔を見せてくれる。有紗はそれ以上をもう、坂巻に望むことはできないと思った。
「おはようございまーす」
背中から明るい声が掛かって、有紗は振り返った。
総務部の有名人、桐谷栞那だ。髪の毛から爪の先まで抜かりなく手入れされた、華やかなモデルルックスの美人である。ブランド物のショルダーバッグから取り出したIDカードを首から提げ、綺麗に巻かれた長い髪を煩そうに払う。
いつもならば人は人だから、と割り切れるのだが、今はこういう仕草がさまになる相手と並ぶことが酷く惨めに感じた。
有紗は挨拶だけ返し、あとは黙りこくったまま二人の会話を聞くことに徹してやり過ごした。誰もいない人事部に着き、自席に座ると、有紗はようやく息をついた。
一呼吸おいて、坂巻は言った。どうとでも取れる言葉で濁したのは、彼なりの優しさなのかもしれない。
「全然気にしないでください。プロジェクトも始まって、いちばん忙しい時期なのにすみません。新システム、すごく楽しみにしてるんです」
それらしい言葉がすらすらと出てくるのが不思議なくらい、頭の中は真っ白だった。
「ありがとう」
坂巻は変わらず、こちらが罪悪感にかられるほど、優しげな笑顔を見せてくれる。有紗はそれ以上をもう、坂巻に望むことはできないと思った。
「おはようございまーす」
背中から明るい声が掛かって、有紗は振り返った。
総務部の有名人、桐谷栞那だ。髪の毛から爪の先まで抜かりなく手入れされた、華やかなモデルルックスの美人である。ブランド物のショルダーバッグから取り出したIDカードを首から提げ、綺麗に巻かれた長い髪を煩そうに払う。
いつもならば人は人だから、と割り切れるのだが、今はこういう仕草がさまになる相手と並ぶことが酷く惨めに感じた。
有紗は挨拶だけ返し、あとは黙りこくったまま二人の会話を聞くことに徹してやり過ごした。誰もいない人事部に着き、自席に座ると、有紗はようやく息をついた。