Adagio
有紗は給湯室にこもるととりあえず冷蔵庫の中身を外に出し、棚の上に積み上げた。あまりの量になり、思い立って仮収納するための箱を探しにオフィスに戻ったとき、扉がノックされた。

(……もう来た!)

 状況からして、有紗が出迎えに行くのがいちばん自然だった。はじめの一言さえ何も用意できないまま扉を引いた。

「えっ、あ……」
 有紗はぽかんと、そこに立つ男性を見上げた。

 高い鼻梁と切れ長な目。典型的な二枚目といった風だが、浮ついた気持ちで見惚れてはならないと思わせるほど、知性の光る目をした男性だった。

有紗は頭の中で、学生の頃西洋史で習った英雄と、目の前の男を重ねていた。そういった、誰が一目見ても『ほかとは違う』と理屈抜きに感じるであろう、カリスマ性のようなものがある。

「先程、冷蔵庫の件で内線をいただいたのですが」
 ややあって、形のよい唇が開いた。
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