Adagio


 緊張が喉の渇きを感じさせたせいか、朝買ってきたミルクティーは昼休み前に、完全に飲み干してしまっていた。有紗は時計の針が十二時を回少し前に席を立った。

ランチに向かう社員たちで混雑するよりも先に、外に出たい。狙い通りからっぽのエレベーターに乗り込み、時計を確認する。

(大丈夫だ、まだ時間じゃない)
 この数分の差が分かれ目だ。総務部のフロアを通り過ぎ、ほっと胸を撫で下ろしたところで、エレベーターが停止した。

 一度軽く頭を下げてから乗り込んできたのは神長だった。会うのは早朝の会議ぶりだ。有紗は振り返ってお辞儀をした。

「神長さん、今朝はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」

 そこで会話が途切れ、有紗はドアに向き直る。電光掲示板の階数表示が切り替わるのを穴が空くほど見つめていても、閉ざされた空間で待つ数秒はやはり長い。

「えーと、これからランチですか?」
 有紗が意を決して振り返ると、神長はスマートフォンから顔を上げた。
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