Adagio
「いえ。別プロジェクトの会議に出ないといけないので、このまま駅に向かいます」
 視線が合うときの恥ずかしさでいえば、坂巻以上だ。

「そうなんですか。ごはん食べる時間もないなんて、やっぱり神長さんって忙しいんですね」
「そうでもないですよ。自社にいるときは、しっかり休憩取っていますし。そういえば……」

 会話の途中で一階に到着した。エレベーターを降りると、神長は鞄を開けて小さな袋を取り出した。

「先日冷蔵庫を修理したときに頂いた洋菓子のお礼です。よかったらどうぞ」
「え、そんな……」

 有紗はいったん遠慮しようとしたのだが、袋に書かれた文字を見た瞬間、その言葉を飲み込んだ。

「これもしかして、果物の形したゼリーを作ってる、ゼリー専門店のお菓子ですか」
「ええ。ご存知でしたか」

「知ってます! このお店のフルーツの味をぎゅっと濃縮したゼリーは、贈られて喜ばない人はいないって話を聞いたことがあって、日本橋にもお店があるのでいつか絶対に買いにいこうって思ってたんです! いちごの缶のやつですよね?」
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