大事にされたいのは君
すると彼女は、私が警戒している事に気がついたのか軽く微笑んで、自分の事を兄の会社の同僚なのだと説明した。私の事も兄から聞いて知っているのだと。ついでにお兄さんそっくりね、なんて言葉も添えられる。
会社の同僚…それに私はピンときたものがあった。もしかしたら、この間兄が言っていたのはこの人の事なのかもしれない。私が彼氏を連れているという情報源はきっとこの人だと、兄との繋がりが見えた瞬間少しだけ気が緩んで、「兄がいつもお世話になってます」なんて答えたのが間違いだった。
「いや、私の方がいつもお世話になって…」
そこまで言うと、ピタリと言葉を止めた彼女の表情が目に見えて曇っていった。あからさまに暗く、落ち込んでいく。
「…お兄さんとの生活はどう?」
「え?」
少し低くなった声色で急に投げかけられた質問は随分とプライベートなもので、思わず聞き返してしまった。すると彼女は私をまたジッと見つめたかと思うと、小さく微笑んだ。
「お兄さん、あなたとの生活を楽しみにしていたから」
「…兄が言ってたんですか?」
「そう。だから私との同棲はなくなったの」
「…同棲?」
まさかの単語に思考が追いつかず、言葉を続けられなかった。目を見開いたままパチパチと、大きな瞬きを無闇に繰り返してしまう。
同棲という言葉の意味が分からない訳では無い。ただ、その…つまり、
「兄と、付き合ってるんですか?」
素直に尋ねる私の言葉に、彼女は鼻で笑うかのような皮肉交じりの笑みを浮かべた。
「もう別れたの。だって、結婚する気が無いってハッキリ言われたようなものだったから」
「……え」