大事にされたいのは君

前回は話を聞いて貰えてすごく助かった。心配掛けたくないからと、兄に話すという選択肢は今まで一度も思い浮かんだ事が無かったけれど、もしかしたら少しだけ、少しだけなら頼ってもいいのかもしれないと、あれをきっかけに思うようになっていた。迷惑しか掛けられない私だけれど、あの時の兄はなんだか少し嬉しそうにも見えたから。きっとまた兄の、兄だけがくれる言葉を、私にくれるはず。

申し訳なさばかりが募っていた兄との生活の中で、あの出来事はちょっとした変化を私にもたらした。頼ってばかりで申し訳ない、心配掛けたくないと常に思っていた私だったけれど、今は頼るべき相手として兄の事を捉えている。兄に頼ったらいけないのではない、兄は情けない私だからこそ最後に必ず頼る事になる相手なのだ。

だったら大事になる前に、少しずつ頼っていった方が兄も安心してくれるのではないだろうか。そして兄は私が少し頼ったくらいなんて事ない人なのだと、受け流すようにあっさりとしながらもしっかりと考慮し、私とは角度の違う目線で答えをくれる兄を見て、考え改めた。兄はとても偉大だ。10も違うからだろうか、唯一の肉親がこんなにも頼もしい。

明日は休みだ。少し遅くなってもきっと大丈夫。夜帰って来たら晩酌の相手をしつつ、少しだけ話をしてみようと決めて、放課後はスーパーに寄って兄のお供をする為のおつまみを用意しつつ、今日の献立を考えながら帰って来たーーその時だった。

「あの、ちょっといい?」

マンションの前で、急に声を掛けられた。驚いて振り返ると、20代半ばぐらいであろう女性が立っていた。かっちりとしたスーツでは無いけれど、品のあるその服装は会社で働く女性の身なりだった。

「吉岡さんの、妹さんだよね?」

ジッと見つめる瞳の奥に、力強い声色に、確信めいたものが見える。彼女はすでに、私が兄の妹なのだと知った上で私に確認しているのだと分かった。

「…はい」

けれど私には、この人が誰なのか分からなかった。私の知る兄の知り合いの中に、この人は居ない。怖い…何なのだろう。
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