大事にされたいのは君
暫しの思案顔の、後だった。
「…瀬良 透…」
おもむろに兄は呟き、瞬きと共にその瞳を大きく見開いた。
「おまえ、坂辺の」
“さかのべ” 兄の言葉に同じよう目を見開いたのは、瀬良君だった。
「坂辺、康太…?」
まさかと、尋ねるように語尾が半音上がる。それに兄は納得したとばかりにやれやれと肩の力を抜いた。
「由梨。今日の飯、一人分増やせるか?」
「え、だ、大丈夫だけど」
えっとつまり、それって、
「瀬良。食ってけよ」
「……」
固まったままの瀬良君は答えない。いや、答える事よりもまず自分の中の整理出来ていないもので手一杯のようだった。兄の与えた情報は“坂辺 康太”という名前一つ。動揺を見せる瀬良君は大きく息を吸い込むと、高揚で輝かせた瞳を兄へと向けた。
「康太さんを知ってるんですか?」
それは、初めて見た瀬良君の表情だった。生き生きとしたそれはまるで子供の瞳。期待が込み上げて溢れ出た瞳。
「坂辺は俺の大学時代の友達だ」
そう告げると兄は私の方を向いて、「遅くなるからそろそろ」と促した。なにをかといえばもちろん、夕飯の支度の事。そして、この場を離れろと、そういう事。
「…分かった」
リビングのソファーで二人がコソコソとこちらに背を向けて話しているのに聞き耳を立てながら、キッチンに立った。完全に仲間外れだ。何を話しているのかは分からないけれど、全く何も聞こえてこない訳ではない。何かを話している。絶えず聞こえてくる二人の声が、盛り上がっている事だけを知らせてくる。ずるい。知りたい、私だって知りたい。