大事にされたいのは君
少しの考慮する時間を経て、私の言葉を受け取った彼はしっかりと頷いた。
それに私は近づく事を認められたのだと、彼に踏み込む事を承諾されたのだと、それを彼も同様に望んでくれたのだと感じたーーのだ、けれど。
「さて、夕飯どうする?」
ハッキリとした答えを返すでも無く、あからさまに話を逸らした彼は、私の顔を見る事も無くその意識を辺りへと散らした。まるでこの話は終わりだと、とりあえずここまでにしようとでも言うように。横顔から窺える彼の表情は笑顔を浮かべていたけれど、それは動揺を隠しきれない、いつもの物とは比べ物にならない程下手くそなものだった。いつもの彼からは考えられない戸惑いが手に取るように分かって、私にはこれ以上何も言う事が出来なかった。
スーパーを出た後、クリーニング屋で兄のスーツ受け取った私達は隣同士並びながら帰路に着いた。その間、特に何もなかったかのようにいつも通りの瀬良君が私に話し掛けるので、私もいつも通りに答える。何事も無い。何事も起こる事の無い今まで通りの関係だ。
別に愛の告白をした訳でも、したつもりも無いので、それで間違っていない。今すぐ私達の関係の何が変わる訳でも無いし、私の中の意識改革というか、そういうつもりなのだという決意表明みたいなものを勝手にしてしまったなというような感じに羞恥心が沸々と湧き上がった事もあり、触れられ無いのは有り難かった。彼を困らせてしまうだけの想いなら要らないとは思うけれど、すぐ目の前で切り捨てられるのはやっぱり耐えられそうになかったから。
彼が戸惑っていた。迷惑を掛けたくないからそれ以上は踏み込めなかったけれど、私はそんな彼が見られた事が少し嬉しかった。他人からの気持ちに興味が無い彼が私の気持ちに反応を示してくれたなんて、特別なような気がしてしまったりした。
一体、この気持ちはなんだろう。彼の事が好きだなんて、そんな事は当たり前の事。
これは恋愛感情なのだろうか。
よく分からない。よく分からないけれど、彼にもっと近づきたい。彼を一番大事に想い、それを許される関係になりたいと、強く思う私が居た。