恋・愛至上命令。
「・・・お嬢さん」

どのくらいそうして座り込んでたか。背中のドア越しに凪の低く透る声がした。
返事をしようかどうか迷って、でも顔を埋めたまま黙ってる。反応が無ければ引き下がるだろうと思って。

「瀬里お嬢さん、・・・いいですか」

間を置いて凪はもう一度言った。

「・・・何か用?」

溜め息を逃し、顔を上げてドアにもたれるように。目を閉じて冷静を装う。

「どうかしましたか」

向こうからの声は少しくぐもって聴こえる。
抑揚が乏しいのはいつものことだけど、気にかけてる気配は伝わってきた。それが余計に棘が刺さったみたいな痛みを膿む。

「なんでもないわ」

何でもないなんて。明日には凪だって耳にする、晶さんとのお見合いの話を。隠しても意味がない。断るんだから普通に言えばいい。

鏡に映さなくたって分かる。今、自分がしてる顔は。凪には見せられない。晶さんを断ち切るのを苦しがってる顔なんて。

せめぎ合いを無理やり圧し込めて、深く息を吸いこんだ。

「用はそれだけ?」

凪は黙った。

「無いなら戻って」

これで引くはずだった。いつもなら。

「・・・あるに決まってるでしょう」

一段低いトーンが返る。

「入れる気がないなら蹴破りますよ」

本気で脅され、ようやくドアを開いたわたしの前に。底冷えのしそうな眼差しで見下ろしてる凪がいた。
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