きみの左手薬指に 〜きみの夫になってあげます〜

『い…いいんだよっ、櫻子ちゃんっ!
なんつったって新婚さんだかんねぇ。おアツいのがあたりまえなんだよぅ。おばちゃんだって、(たすく)が生まれる前までは、死んじまったおとうさんが朝出かけるときにゃぁ、チュッチュチュッチュやってたさ』

山田のおばちゃんは、想像したくもない情報をぶっ込みながら、愛犬モモちゃんのリードを持つ手をぶんぶんぶん、と目の前で振った。
急にリードを引っ張られたかわいそうなモモちゃんがキャウッ、と一声吠えた。

そして、『さぁ、おいで、モモ』と言って、くるりと(きびす)を返したおばちゃんは、今来たルートと逆の道を進み出した。間違いなく、裏の中村のおばちゃんの家へ続く道だ。

燃えるように赤くなっていた頬の熱が、すーっと冷めていく。きっと、今度は青ざめているはずだ。

『……これで、だれも僕と櫻子のことを疑わなくなったね』

隣を見ると、シンちゃんがしてやったりと笑っていた。

わたしがものすごい形相で睨むと、

『櫻子、よくできました……ご褒美だよ』

そう言って、シンちゃんがわたしのくちびるに、ちゅっ、とキスをした。


結局は……くちびるを奪われてしまった。

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