突然婚⁉︎ 〜きみの夫になってあげます〜
そして、業務の終了間際、館長から呼び出された。
区立図書館の「館長」だからといって、「本の専門家」であるとは限らない。現に、司書の資格すら持っていないことがある。
今就任している人はまさにその典型で、区役所の人事でたまたま区立図書館に配属され、そのトップに収まった「区役所の職員」である。
もちろん、わたしたち民間委託された業者の嘱託社員とは違い、れっきとした「地方公務員」だ。
本館は規模が大きいため、新刊図書の選定会議がしょっちゅう行われているが、館長は、
『とにかくさ、ベストセラー多めにしといてよ。予約待ちのクレーム対応、イヤなんだよなー』
という具合の人だ。
雑誌をパラパラめくっていることはあっても、本を手に取っている姿は見たことがない。
最近のハードカバーの新刊本は、一冊二千円近くする。超人気作家の鳴り物入りなら、同じものが十冊くらいずらりと書架に並ぶことがある。
にもかかわらず、下手すると何ヶ月も「予約待ち」する羽目になるので、区民から「ちゃんと納税してるのにどういうことだっ!税金泥棒っ!」とクレームの電話がかかってくるのだ。
そんなに「売れる」本なら、ブックオフとかにすぐに「放出」されてワンコイン以下で買えるようになるというのに、「タダ」に勝るものはないらしい。
もっとも、出版社のハードカバーの売り上げを支えているのは全国に散らばる図書館だという説もある。本来の図書館は、街の本屋さんではなかなか手に入らない学術本や希少本を取り扱う場所であるべきなのに。
それこそが、お互いに共存共栄できる道なのに。
ベストセラー本を買うな、とまでは言わないが、「旬」を過ぎたそんな本が同じ顔して今でもずらりと何冊も書架に並んでいるのを見ると、それこそ「税金泥棒」だと思ってしまう。
「……ちょっと、困ったことになっててねぇ、井筒さん」
館長から苦虫を噛み潰したような顔で見られる。
今年もこの人は余裕でメタボ健診に引っかかってしまった。小柄な人だがその出っ張ったお腹を見ると、体重は三桁を突入してるんじゃないかなぁ。
「君に名指しでクレームが来ててさぁ」
そして、とにかく定年までは波風を立たせたくない派だ。