きみの左手薬指に 〜きみの夫になってあげます〜
「櫻子さん、専務はこんな人ですから、結婚は『御曹司の七光り』ではなく『実力』が社内外に認められてから、なーんてバカなことを言ってるとは思いますが……」
青井さんは、ふうぅーっとため息をつく。
「若ぶってはいますけど、専務はもう三十七歳なんですからね……ただでさえも、社内外でゲイ疑惑があるっていうのに」
……やっぱり、そういう「ウワサ」があるんだ。
そして、また、にやにやし始めた。
「今日の専務は見モノでしたよー。
あなたにも見てもらいたかったなぁ。
専務が『櫻子に逃げられるかもしれない』と、血相を変えてあわてふためきながら、いきなり社長と謙二に婚姻届を突きつけて、証人欄に署名させたんですよ」
……ええぇっ!?
わたしが『この家から出て行って』って言ったから、そんなことになっちゃってたのっ!?
「そもそも、専務が突然、左手薬指にカルティエの結婚指輪をつけて帰ってきたかと思えば、
『実家を出て櫻子さんの家に住む』
って宣言したときから、
『あんなに各方面からの見合い話を蹴散らしていた慎一が、やっと身を固めてくれる』
と言って、一家総出で狂喜乱舞していたそうですけどねぇ。
……あ、これは専務の弟の謙二に聞いた話です。
ヤツは僕の中学から大学までの同級生で、親友なんで」
そういえば、カルティエのトリニティ・ウェディングリングを買ってもらって恐縮していたら、
『僕の方にもちゃんと「メリット」になるから気にしなくていいよ。実は、ウィンウィンなんだ』
って、シンちゃんは言ってたっけ。
「もちろん、社長も謙二も、喜んで即座に署名したんですから、専務、つまらない意地なんかきっばり捨てて、とっととその婚姻届を役所に出してください」
青井さんは満面の笑みになっていた。
「……青井、覚えとけよ?」
シンちゃんの声はまさしく「皇帝」のそれであった。