王子様とブーランジェール




(くっそ…)



いや。そうじゃない。

近くにいながら、何をやっていたんだ俺は!




込み上げてくるものは、怒りなのか、情けなさなのか。

絶壁を見下ろしたまま、いろんなものが混じっていて、腹が立ってきた。




「…柳川」

「ん?何?」

「下にいる仙道先生呼んでこい。あと、途中たぶん理人に会うだろうから、ここに来るよう言っといてくれ」

「え?」

「…早くしろ!」

「う、うん!わかった!」



俺に急かされ、柳川は駆け足で来た道を戻る。

とりあえず、これは大事件、大事故なのだ。

生徒が絶壁から滑落なんざ…。



その絶壁を小さい懐中電灯で照らし、状況を観察する。

桃李のぶち破った柵の辺りから、転がったと思われる跡、あるな。

地面、擦った跡がある。

周りの笹藪や小枝がへし折られていた。

ひょっとしたら、この跡を辿れば…。



「…松嶋、おまえはここにいろ」

「…ん?ん?へっ?」

気の抜けた返事しやがって。

事の重大さ、わかってんのか!

「理人と仙道先生来たら、事情説明してくれ」

「お、俺が?だ、ダンナは?」

松嶋のビックリした顔、レアだな。



覚悟は決めた。

と、いうか、もうそんなのとっくに決まってた。



「俺、下降りる。桃李を探しに行ってくる」

「はあぁぁっ?!」



さすがのチャラ男も、そこは茶化さない。

しっかりと驚いている。



「竜堂のダンナ、何言ってんの?!こんな絶壁降りて探しに行くなんぞ、無理でしょ!下に降りりゃ、真っ暗だし!」

「その暗闇の中に、桃李は一人でいるんだよ!」

「いやいや。こんな絶壁落ちて、桃李だって無事でいるか…」

「…あぁ?!…ふざけんなよ!」

松嶋の一言に、急に怒りが膨れ上がって、胸ぐらを掴んで引き寄せた。

無事でいるか…死んでるとでも言いたいのかおまえは!

そんなことは、許されない!



「とりあえず、ダンナ落ち着いて。ここは先生たち来るの待って…」

「うるっせぇな!」



桃李にもしものことがあれば…許されないんだよ!



「松嶋…」

怒りと緊張感で、殺気立っており、睨み付ける。

松嶋は真顔だ。



「…桃李の隣にいたのがおまえじゃなくて…俺だったら、こんなことにはなってねえよ!!」



松嶋を乱暴に突き飛ばすように離す。



「桃李にもしものことがあったら…殺してやるからな!」



ぶち破られた柵を越えて、踏み出し、桃李の転がったと思われる跡を辿って、その向こうに身を進めた。



「ち、ちょっと!ダンナ!」



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