王子様とブーランジェール




『くっ…離せ!』



襟を締め上げている先生の手を引き剥がそうと、力を入れてもがいてみるが。

サッカーしかやっていない小学五年生の力と大の大人の力には差があって、びくともしない。

間接的に首を絞められているせいか、足をもばたつかせてもがく度に、息苦しくもなってきた。



暴れるほど、ちょっと苦しくて。

だんだん力も入らない。

頭が少しずつボーッとしてきた。



先生の光のない冷たい目を見て、少しばかりか恐怖を覚える。



何だよこれ。殺される…?



『先生、先生ぇっ!やめて、やめてください!』



ふと見ると。

桃李が先生の腕にぶら下がっている。

俺を締め上げているその腕に。




『やめてっ!やめて、お願いです!先生っ!夏輝が死んじゃう!先生ぇーっ!』




掴んでいるその腕を綱引きのように何度も引っ張り、桃李の細い腕や小さな体はプルプルと震えていた。

『先生、ごめんなさいっ!私が悪かったです!すみません!すみません!』

『………』

しかし、先生は無言で。

冷たい目で、手の中でもがく俺をじっと見ている。

その横では、桃李が狂ったように叫び散らして、必死で制止をしていた。



『…先生っ!』

『………』

『先生ぇぇーっ!』



すると、宙に浮いていた体は更にフワッと浮く。

視界が変わったと思ったら、力任せに捨てるように投げ飛ばされた。

先生の手を離れたと思ったら、体全体に痛みと衝撃が走り、床に這いつくばった形となる。

『夏輝、夏輝!』

桃李が駆け寄ってくるが、その後ろには先生が立っていて、上から俺達を見下ろしている。

それは、鬼の形相であり、その顔から一言放たれる。



『ガキは黙って言うこと聞いてろ…』



そして、俺達に背を向け去っていく。

『先生、すみません!すみませんでした!私が悪いんです!すみません!すみません!』

そんな先生に対して、桃李は謝罪の言葉を言い続けながら、ペコペコとずっと頭を下げていた。

その様子を見た俺は、何とも言えない不快感と疑問を抱く。



桃李。

何でおまえ、そんなに謝ってんだ?

まるで重罪人のように。

おまえ、そんなに悪いことしたか?

何で、おまえが悪いんだ?

悪いのは、先生の方だろ?

ワケわかんねーことばっか言って、偉そうにして。

おまえにあんなことをしようとして…!



それは、苛立ち、怒りへと変わっていく。


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