王子様とブーランジェール
納得できねえ…!
『な、夏輝、待って!』
桃李の声にも耳を向けず、フラリと立ち上がる。
何の返答もせずに、自習室を出た。
『待って!』
…後から考えてみたら、この時はもう怒りに支配されていて桃李のことを気にする余裕なんてなかったんだと思う。
そのまま、最寄りのトイレの個室にこもる。
蓋を閉めたままの便器の上に体育座りをして腰掛ける。
そこで、何とか怒りを抑えるための言い訳、理由を悶々と考えたり。
今までの経緯を頭の中で整理する。
怒りのせいか、命の危機に晒されたからか、両手は震えっぱなしだった。
『誠意』とは、何か。
男子は坊主で、女子は一肌脱ぐ。
それが何の誠意を示すことになるのか。
ただの先生のご機嫌取りじゃねえのか?
それとも、みんなはわかっているのに、俺が単にわかっていないだけのことなのか?
《ガキは黙って言うこと聞いてろ》
世の中は、そういうモノなのか?
どこの家庭もそうなのか?
うちは、母親は少々強引だけど、親父は学者肌だからか、とてもディスカッション好きできちんと意見を言わせてくれる。
対立することもしばしばなんだけど。
だからか、もう、先生の言っていることが支配欲の塊とでしか思えない。
でも、うちが変わってるだけで、シャバってそういうものなのか?
それに…。
《先生、すみません!すみませんでした!私が悪いんです!》
桃李はもう、先生に洗脳されている。
そう思うと、悲しくてならなかった。
洗脳されているのが、普通なのか。
それとも、俺の考えが正しいのか。
小学五年生の頭では、それを割りきることが出来なかった。
正しいことを正しいと言い、間違っていることは間違っていると言う。
それは果たして良いのか悪いのか。
…俺は、まだ子供だったが為に、それを納得することが出来なかった。
しばらくの間、ずっとトイレにこもる。
いろいろ考えた結果。
結局、納得のいく答えなんて出やせず、強行突破に踏み切ることにした。
しかし、その行動が思いもよらぬ波乱を巻き起こしてしまう。
俺がひっそりとトイレから出てくる頃には、校内には生徒はほとんど残っていなかった。
太陽が沈みかけて、辺りは薄暗くなり、もう夕方だ。
教室に置きっぱなしのカバンを背負い、学校を出た。