王子様とブーランジェール
『竜堂、おまえに何がわかる?わかったような口を聞くんじゃない!』
先生の荒げた怒鳴り声が響く。
同時に、もう一度腹を蹴られて地に這いつくばされた。
ちくしょう…何なんだ。
いったい、何なんだ!
手を伸ばして応戦しようとも、小学生の短い手は届かない。
拳や蹴りの衝撃はとても大きく、痛みで起き上がるどころか、身動きも取れない。
『大人がいないと何も出来ないくせに…出しゃばった真似をするな!』
ちっ…逆ギレか?
だが、となると。
先生、自分がしたことは悪いことだってわかってるんじゃないのか…?
なのに、何で俺はこんなにボコボコにされてんだ?
悪いことしたら、ごめんなさいじゃないのか?
『子供は黙って大人の言うことを聞いてろ!』
子供、子供ってさっきから何だよ。
大人であることって、そんなに偉いの?
いや、偉いよな。勉強して進学して就職して自分で金稼いでんだもんな。
だけど、だからって、そんなに威張れるもんなの?
攻撃の手が緩まった。
(痛っ…)
痛みに支配されている体を動かして、ゆっくりと抱える。
痛いし、何でこんなことになってるのか。
『あ、先生ー』
ようやく起き上がると、先生はあっちの方向を見たまま立ち尽くしていた。
どうした…?
すると、もうひとつ、足音が聞こえてくる。
誰か、来た?!
『前村先生、お久しぶりです』
そうか。誰かが来たのに気付いたから、俺への攻撃をやめたのか。
『か、川越…久しぶりだな』
そこには、長身のジャージ姿の男性が立っていた。
そのジャージは、星天中のサッカー部のジャージだ。
肩にはカバンを下げており、涼しげに笑っていた。
『今、部活の帰りなんです。通りすがったら、先生がいたから挨拶しようと思って』
『あ、あぁそうか…』
彼を前に、先生は少しばかりか挙動不審になっている。
今のことを見られたのかもしれないという、不安があるのか。
『川越も元気そうで何よりだ…じゃ、じゃあ先生は急いでるから帰る』
『はい、また』
俺のことなんぞ放置して、先生は慌てて車に乗り込む。
あっという間に発進して、駐車場を出ていった。
車が一台も停まっていない駐車場に。
サッカー部の中学生と二人きり。
彼は、バッと俺の方へ振り向いた。