王子様とブーランジェール
突然の動きに、思わずビクッとさせられる。
身長高いから、余計に。
『君、何やってんの?』
『………』
この砂まみれのズタボロの姿を目の前にして、平然と質問を投げ掛けられた。
その涼しげな表情が余計に恐い。
何も言えないでいると、彼は急にプッと笑いだした。
『…だなんてね。一部始終見てたけど?』
『えっ…』
『あの教師、俺が五年の時にこの学校に赴任してきたんだけど、まあイカれたヤツでねー?綺麗事熱弁する割には言ってること矛盾してるし、暴力、パワハラ、セクハラお構い無し?』
『………』
そうだったのか。
昔から、気付いていた人もいたのか…。
『…で、いつかシッポ掴んでやっつけてやろうって冬菜と話していてさー?…って、おまえ冬菜の弟だろ?』
そう言いながら、彼はケータイを見てクックッ…と笑っている。
それは、先ほどの涼しげな表情から一転、まるで悪魔が降臨したかのような笑みに変わっていた。
こいつ…しかも、冬菜の友達?
…あぁ、そうか。
思い出した。こいつ、商店街の川越酒店の息子だ。
同じ町内会だ。見たことある。
背が伸びていて、大人になっていてわからなかった。
『…で、何?前村のクラスの生徒?前村とモメたの?何かクラスがちょっとした宗教化してるって噂は聞いてたけど?ボコられた君はレジスタンスかな?』
『………』
この兄ちゃん、よう喋るな。
しかし、ボコボコのズタボロにされた俺は、何も返答する気力がない。
うまくは言えないけど…もう、何もかもがショックでならないのだ。
先生にボコボコにされた、敵わなかったということや。
先生の『誠意』の理論とか。
桃李が先生の手にかかったこととかが。
しかし、俺のそんな様子を察したのか。
彼はスマホをポケットにしまい、涼しげに笑う。
『…まあ?これからの話だけど、君は大人しくしてることだね。前村にはこれ以上楯突くな。何か聞かれるかもしれないけど、ありのままの真実を話した方が良い』
『…あぁ?』
『君のおかげで面白いショータイムが始まるから。さてさて楽しみだ』
何を言っているんだ、この男は。
何のことやらさっぱり。
皆目見当がつかない。
そう言って、悪魔の表情をチラッと見せながら、彼は笑って立ち去る。
だが、彼の言っていることを理解するのは、今から数日後のことだった。