王子様とブーランジェール




『…子供は日本の宝、商店街町内会の子供は、商店街の宝…』



奥の方から、呟きが聞こえてくる。

奥にいたから、わからなかった。

小上がり席で、お猪口を片手に一口ぐびっと飲んでいる。



『…我々の宝を傷つけるとは、どんな輩でも許されんぞ!』



一層声を張って、カッと怒鳴っている。

この人は、商店街のドンと言われている、星天商永会の会長、川越酒店の店長だ…!

…って、あれ?じゃああの兄ちゃんとは親子?

この背の低い、岩みたいにガッチリしたお父さんに、モデルみたいな背の高いイケメンが親子?

似てない…!



『って、重さん、あんたもう呑んでんのかい!』

『緊急事態だっていうから、俺だって呑みたいの我慢してんだぞ!』

『娘が彼氏連れてきたからって浮かれてんじゃないよ!』

門脇部長を始め、みんなにすかさず突っ込まれている。

非難轟々だ。

『…えぇい!酒は呑みたい時に呑めばよい!…そんなことより、小学校に乗り込むぞ!猛抗議してやるわ!』

一人でほろ酔いのドンは、ゆっくり立ち上がってサンダルを履き、のそのそと歩いて出口へ向かう。

それが合図のように、みんな『おおぅ!』と、声をあげ、ドンに続いて出ていく。

え?え?ちょっと!

すると、門脇部長が俺の肩をガシッと掴んで話し出す。

『夏輝はここで待ってろ!大丈夫だ!もう心配ないからな?…あ、哲ちゃん、さっきのメシ出してやって!』

『はーい』

そう言って、門脇部長もみんなの後に続いて出ていってしまった。



ち、ちょっと…。



うるさいおっさんおばさんがいなくなった店内は、一気に静かになった。

中に残されたのは、俺と…。


『ぷっ…』


酒屋の兄ちゃんと、二人。



兄ちゃんは、肩を震わせていた。

所々、笑い声が漏れている。



『ぷっ…ははっ…あははははっ!』



急に爆発したように、声を出して笑いだした。



『これは愉快だ。期待以上だ!あははははっ!』



一人で爆笑しながら、席を立つ。

中の厨房に姿を消していった。



『ちょっ…待て!』



急に笑い出して、何なんだ!

この笑い方が、何だかコケにされているような気がして、イラッとさせられる。

その笑いの意味を問い詰めるべく、後を追ったが。

『何?』

『わっ!』

ひょいと再び姿を現し、至近距離で鉢合わせになりビクッとさせられてしまった。


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