王子様とブーランジェール
それから、一時間後。もう昼の一時半になる。
みんなで軽くアップも終えて、グラウンドに出る。
数分後には試合開始。
…だが、敵の中に、この上ないふさわしい敵がいた。
相手チーム、3年5組のメンバーがぞろぞろとグラウンドに出てくる。
その中に、顔を見ただけで陰性感情をくすぐるどころか、がっちりと握られる勢いの人物がいた。
げっ…。
ぞろぞろと歩く男子高生という人間の中に。
一人、いや…一匹、ゴリラ。
ゴリラセンパイ、高瀬だ…。
学校祭の前夜祭で、激しくくだらないケンカ試合をした相手。
そのゴリラ面は、見ただけで今でもイラッとさせられる。
ゴリラのくせに、一丁前に桃李に惚れ込んでなんかいやがって。
許されないわこのゴリラ…!
何サッカーなんてやってんだ。
ゴリラサッカーじゃねえぞ?場をわきまえろ。
あまりにもイラッとするので、グラウンド上に立つゴリラをあまり視界に入れないようにする。
しかし、呼んでもいないのに向こうからやってきた。
「よう、竜堂?ミスターになって、一層チャラ感が増したな?」
…第一声が、それか!
しかし、安易にケンカに乗るのはダサい。
今は試合開始前。ギャラリーもそこそこ集まってきている。
公衆の面前でモメ事など…。
そう思って、高瀬から視線を逸らす。
ぷいっとあっちの方向を向いた。
視界に入れるな。ゴリラを。
しかし、高瀬のゴリラは、失笑していた。
ブッと吹き出して笑っている。
「おいおい、シカトですかぁー?!…と、思いきや、自分のファンたちを見つめてんのかぁ?!このチャラ男が!」
…何っ!
そう言われて我に返ると、視線を逸らして向いた方向は、偶然にも女子のギャラリーのいる方向だった。
「きゃあぁぁっ!こっち向いたぁーっ!」
「竜堂くん、頑張ってえぇーっ!」
コート脇にびっしりと立っている、たくさんの女子生徒達が、俺に向かって血眼になって手を振っている。
え?こ、こんなに!
しまった。
こっちは向いては行けない方向だった!
「ファンたちにお愛想ですかー?お手振りでもしてやれ!皇族ファミリーみたいに!」
ちっ…このっ!
「まあ、俺は?神田さんの声援さえあればそれでいい。…神田さんはどこだ?!おい!」
「…うるっせえぞゴリラあぁぁっ!!」