王子様とブーランジェール
「ちっ…」
後味が悪い。
あの3年5組は、勝たなきゃダメだった試合だと思う。
『竜堂の負けー!負けー!ザマーミロ!』
『…おまえ、何も役に立ってなかったろうがよ!』
『でもチームで全力で戦った結果ですぅー?…おまえの負けだチャラ男が!』
『蜂谷さん一人で勝ったようなもんじゃねえか!』
高瀬が調子づいて調子づいて仕方ない。
すっげーイライラさせられる。
ゴリラは戦力になっていなかったが、蜂谷さん一人にしてやられた試合だった。
悔しさダダ残りの試合だ。
《俺も桃りんの声援、欲しいなー》
まさか…蜂谷さん、桃李のことまだ狙ってるんじゃないだろな。
学祭、夏休み挟んで襲撃事件のことなど、いろいろあって忘れかけていたが。
チャンスも何も、敵はダダ残りだ。
これから表彰式があるらしいが。
まだ時間があるので、一人教室に引き上げる。
ゴリラと口論してたら喉乾いた。
すぐ戻れば問題ないだろ。
教室のある四階に向けて、一人で階段を上がる。
すると、何段か上、俺より少し前の方に、先に階段を上っているヤツがいた。
細くて、華奢な背中のジャージ姿。
桃李だ。
(…ん?)
しかし、様子がおかしい。
よろよろと手すりに掴まり、やっと階段を上っている。
よく見ると、ジャージの背中、いや、体全体、土だらけになっている。
左指の包帯も、泥だらけだ。
どうした?
どこかですっ転んだか?
すると、そのよろよろとした体は三階のフロアへと向かって行った。
ど、どこへ行く?!
「…桃李!どこ行くんだ!」
そこは教室のある四階じゃない。
こいつのことだから、単純に間違えたか?
そう思って声を掛ける。
「…あ、夏輝」
ゆっくりと俺のいる下の方へと振り返っていた。
しかし、その表情は疲れきっていて、沈んでいる。
その時。
桃李の様子に、なぜか違和感があった。
いつもと様子が違う。
桃李の沈んだ表情を目にして、そこで初めて気付いたのである。
「桃李、どうした?」
階段を上がって、桃李のもとへと駆け寄る。
だが、桃李は俺から視線を逸らす。
「どうした?って…何が?」
「どこか調子悪いのか?」
「え…ううん」
「ジャージ、泥だらけだぞ?どこかで転んだのか?」
「あ…うん。そ、そうなの。き、き、気にしないで」