王子様とブーランジェール
気にしないでって…気にしないワケないだろが!
すっ転んで、指がもう一本、二本いったら本当にパン造れなくなるぞ!
「ケガは?ケガはないのか?…って、おい!桃李!」
俺の話の途中で、桃李はフラッと再び歩き出す。
三階のフロアに向けて。
「桃李、教室はそっちじゃない!」
「さ、狭山さんのところに行くの…」
「は?狭山?」
「うん…狭山さんに用事…」
狭山に用事?
こんなズタボロの姿で?
何で狭山…!
桃李が何をしようとしているのか。
桃李に何があったのか、皆目見当がつかず、言葉も発せずに固まってしまう。
すると、桃李が顔を上げた。
「あ…狭山さん…」
探し求めていた相手は、そこに現れた。
ちょうどそこを通りすがった、ジャージ姿の狭山だった。
とたんに俺の方から離れてよろよろと駆け寄っていく。
「おう、神田。来たな?随分派手にやらかしてんじゃないかバカめ」
「狭山さん…はい」
「じゃあ行くか。こっちに来い。その後の経過を聞こうじゃないか」
桃李は頷いて、歩き出した狭山の後ろにくっついて歩く。
ホント、後ろにぴったりと。まるでドラクエのように。
そして、目の前にある家庭科室に向かっていった。
は?…狭山、桃李に何があったか、知ってる?
何が?
何があった?!
何で狭山?!
「…桃李!」
狭山はこっちを見たが、桃李は顔を上げず。
俺の呼び掛けにも反応せず、家庭科室へと入っていった。
狭山がこっちを見続けてはいるものの、そのままドアがピシャリと閉まる。
姿が消えてしまった。
な、何だぁ?!
しばらく茫然と佇んでしまう。
桃李に何があった…?
だって、そういうことだよな?この流れ。
狭山は事情を知ってるようだ。
『その後の経過』?…今回に限らず、しばらく続いていることなのか?
で、何で狭山なんだ?
なぜ狭山を頼る?
俺が声かけても、あまり取り合わず。
狭山にだったら、喜んで駆け寄っていくのか!
これは…。
…ちょっとイラッとした。
桃李には、何でも頼られたいのに。
狭山狭山って…何で狭山なんだよ!
あいつが何をしてくれる!
バカめ!って言われるぞ!
学祭の時にはハメられて、むしろ痛い思いさせられてるのに!
何でそんなになついているんだよ!
ちっ…狭山にまで嫉妬とか、終わってんな。