王子様とブーランジェール
急いでいるのか、早足で歩く黒沢さんの後を、慌てて追っている。
桃李…。
…だが。
「…わっ!」
机に足を引っ掛け、体がグラッとなった。
(あっ!)
転ぶ!危ない!
その光景を見ていて、体がビクッと反応した。
だけど、体が前に進むことは…なく。
「おわっ!神田、危なっ!」
転びそうになっていた桃李の腕を掴んで引き上げている。
…俺ではない、別の男が。
「あ、あ、す、すみませんっ!きゃ、キャンディーさん」
「キャンディーってあだ名だからさん付けしなくていいよ…だけど、神田はあわてんぼだな」
「す、す、すみません…きゃ、キャンディー」
キャンディーこと、飴山というクラスの男子に間一髪で助けられていた。
助けられた桃李は、キャンディーに頭をペコリと下げて、再び黒沢さんの後を追い、教室から出ていく。
俺の前から姿を消した。
(………)
「…夏輝?どうした?」
「………」
何でだろう。
体を動かすどころか、声も出ない。
この感覚は…いったい何だろう。
イラッとするのか、胸がモヤモヤするのか。
…悲しいのか。
…俺は、桃李を見てたのに。
桃李は、俺の方を見向きもしなかった。
桃李が転びそうになっても。
俺が助けなくても…他の誰かが助けていた。
俺がいなくても…桃李の時間、生活は普通に動いている。
桃李の日常に、俺がいなくても。
桃李の日常は、ちゃんと回って、動いてるんだ。
俺なんて…桃李の日常には、別にいなくてもいいものだったんだ。
俺は、あんなに必要としていたのに。
あんなに頼られたがっていたのに。
俺がいようがいまいが。
桃李には何の関係もないものだった…。
改めて現実を突きつけられたのが、ショックだったのか。
その場に立ち尽くしてしまう。
そんなものだったのか…?
俺の存在って…。
…いや、俺も。
先週から、今日の今日まで。
桃李と話すどころか、目を合わせていなかった。
それでも…俺の日常は普通に回っていた。
桃李がいても、いなくても。
ちゃんと飯食ってたし、笑ってたし。
普通に日常生活を送っていた。
俺、桃李がいなくても平気…だった?
自分から突き放したとはいえ。
俺の五年間、そんなものだったのか…?