王子様とブーランジェール
「…だったらさ?…何で早くそう言ってやんないんだよ…」
あれだけ張り上げていた声が、急に小さくなりボソッと呟くかのようになった。
上から覗き込まれて睨まれているあたり、勢いが死んだワケではないようだけど…。
「いつまで拗れただの何だのうじうじうじうじしてんだよ…」
肩をどつかれる。
さっきより力が入ってるため、少しよろめいて理人とは距離を離される。
「いつも、桃李のことをバカバカ言ってるけど、桃李はバカじゃない…」
持っていた椅子がガタンと音を鳴らした。
両手で振り上げており、地に着いていた椅子はいつの間にか理人の頭上にある。
ま、まさか…椅子を!
「ば…バカ!やめろ!」
「…バカはおまえだ!!」
両手で思い切り放たれた理人の椅子は、宙を舞って俺の目の前に降りかかってきた。
…こいつ!
降りかかるスピードが若干遅かったため、ひょいとかわす。
宙を舞った椅子は、俺の背後にあるフェンスにパーン!と音を鳴らして当たり、ガシャン!と地に落ちた。
(………)
振り返って、その落ちた椅子を、思わず見つめてしまう。
この男…ヤル気か?
「…おまえ、何やっとるんだ!本気かこのヤロー!」
自分の身の危険を感じると、咄嗟に椅子を指差したまま、理人へと怒鳴り返してしまう。
その理人はツラッとしてこっちを見ていた。
「…は?…仙道先生に『ケンカしてきまーす』って言ってきたんだから、殺る気十分に決まってるしょ。気持ちだけだけど」
「…おまえ!この!…理人ぉーっ!」
俺と…ケンカする?
…上等じゃねえか!
売られたケンカは、買う。
そう思って、理人の方へ身をずかずかと進める。
胸ぐらを乱暴に掴み寄せて引っ張り、顔を突き合わせて睨み付けた。
しかし、俺に胸ぐらを引っ張り上げられているにも関わらず、理人は動じる様子もない。
殺る気十分って感じでは、少なくともない。
むしろシラケている感じではあるが。
「…夏輝さ、素直になれる勇気…ある?」
「あぁ?」
「桃李は強いよ?…俺達が思ってるよりも、ずっと…ずっと強い」
「………」
「…だからさぁー。もういい加減…」
その時。
ふと、視界の隅に、入り込んだ。
(…え)
まさかと驚かされて、二度見してしまう。