王子様とブーランジェール



それから、3日ほど経った日の夕方。

その王子様本人が、お店に現れた。



『よう…』



もう帰ってしまったパートの山田さんに代わって店番をしていると。

ラフなトレーニングウェア姿の彼が、店のドア開けたまま、辺りをキョロキョロしている。



『い、いらっしゃいませ…』

『あ、秋緒たち、いねえだろな?…』

『あ、うん』

『…里桜とはもう別れたから、入ってもいいだろ?』

『う、うん…』



そのゲスカップルの出禁は、秋緒の勝手な判断であって、私は別にどうでもよかったんだけど…。

律儀に守ってたんだ…。



『これからジム行くから、その前に小腹満たそうと思って。来月大会に出るんだ』

『そ、そう…』

『食べてってもいい?あっためて』

『は、はい…わかりました』



お会計をした後、夏輝の選んだパンをトースターで少し温める。

はっきり言って、小腹を満たす量ではない。よく食べるなぁ。

お皿に乗せて、アイスコーヒーを添えて出してあげる。



『…あーっ。この匂い、やっぱいいよなー…』



夏輝は、椅子に腰掛けて、店内をしみじみと見回している。

パンの焼ける匂いが、大好きみたい。

『久々だ…』と、少し顔が弛ませながら、クロワッサンをかじる。



その少し弛んだ、はにかんだ笑顔も素敵。

殺傷能力も、もはや今の私にとっては、倍の威力だ。

胸がキュンとさせられる。



ここで、パンを食べている時だけ。

その時だけは、この笑顔は私だけのもの…。



その幸せそうな笑顔を見てると。

私だって幸せ。

小さな小さな、幸せ。



すると、また視線を送られているのにハッと気付く。

今度はじっと凝視されている。

目が合うとドキッとさせられてしまい、目を逸らして俯いてしまう。

なのに、まだこっちを見てる…何なんだろう。

相変わらずブスだな?とか思ってんのかな…。

でも、ブスだな?とか思われていたとしても、その顔と目でずっと見られるのは、ドキドキしてさしまう。



『…おまえさー』

『な、何…』

『理人とデキてるってホント?』

『………』



また、その話…。

二学期になり、学校が始まってから、いろんな人にそれ聞かれる。



夏祭りの日に、二人で消えたこと。

草むらの陰で、ミルキング飲み会をしていたことが誰かに見られていて、それが盛られて盛られて噂となっていた。

私と理人が付き合っているとか、何とか。

二人が草むらの陰に隠れて、イチャイチャしていたとか。

噂は恐い。


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