王子様とブーランジェール



スタンガンの姿が見えなくなった途端、膝をついてこっちに身を乗り出してくる。

俺の方に手を伸ばして、飛び掛かってきた。

…お、おい!



「…返してぇーっ!!」



何て執念だ!



飛び掛かってこられて、思わずひょいと後退して避わす。

「…わわっ!」

俺に避わされた桃李は、ガクンと体のバランスを崩していた。

あっ…しまった!落ちる!



「ひゃっ!」



桃李がベッドから落ちそうになったことに気付き、慌てて両手を伸ばす。

間一髪で、両手で桃李の体を受け止めることが出来た。



「危なっ…こら!」

「返してよぉ…うぅー…」



え…泣いてる。



涙を堪えようと、顔をしかめて頑張っているようだが。

目から溢れる寸前だ。



「それがないと、だめなのぉ…」



添えられていた手は、俺の腕をキュッと掴んで…震えている。



「それがないと、またイジメられた時に逃げられないしょぉ…」



そう言って、どんどん俯いて「うぅぅ…」と小さく声をあげて泣いていた。

そして、掴んでいる俺の腕を揺する。



「…もう、迷惑かけないの!…自分のことは、自分が何とかするのぉ…なのにぃ…」

「と、桃李…」

「だから、返してよぉ…夏輝のばかぁぁ…」



こいつ…まさか、本当にそんな理由のために。




《…こ、これを持ってたら、私、もうイジメられないんだよ》

《…だ、だから。もう夏輝に迷惑かけない。かけなくて、す、済むんだよっ…》



だから、この非殺傷性携行兵器に固執してるのか。




こいつ、本当にバカか。




イラッとしてしまう。

…桃李のことではなく、俺自身に。



このバカに、ここまで考えさせて、気を遣わせてしまった俺自身に。

おまえがそこまで何とかする必要はないのに。

改めて、自分のしたことが悔やまれる。

あんなイジケて引きこもらないで、ちょっと踏ん張って、ちゃんと向き合っていたら…こんなことにはならなかった。

いつものように、『俺が守ってやるんだよ!』と豪語していれば、こうして桃李がスタンガンに固執することもなかった(…)のに。



バカは、俺だった。



「返してえぇぇ…夏輝のばかぁぁ…」



…ちっ!いい加減、マジでしつこい!



「…うるせぇな!しつこいぞ!」

「ふぇっ!…うぅぅ…」

「だったら、なおこんなモノいらねえんだよ!」


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