血だらけペガサス

その声や、吐息や、
わたしの頬に少しだけ触った短めの黒髪は、

さっきまでの恐怖心をぜんぶかっさらっていった。


どうしてだろう。
今、わたしの耳元で囁いた人も、

実は怖いオバケかもしれないのに、なぜこんなにも安心するのだろう。

「…………よかった。俺は嬉しいよ。君が安心してくれてさ」
と、男の人が言った。

ふと気がつくと、さっきまでいた怖いオバケ達は、ただの一匹もいなくなっていて、

部屋には、私と、その男の人が二人だけだった。

「あなたは………誰ですか?」
声が発せられない今、わたしは心の中で念じてみた。


強く念じれば、テレパシーのように伝わるかもしれない。

そう思ったら、男の人が立ち上がって、3、4歩あるくと、部屋のイスにちょんと腰を掛けた。


よく見るとスタイルが良い。
足は細くて、黒いジーンズがよく似合っている。


丈の長いコートは少し、古くて傷もあったけど、嫌な感じじゃない。
イスに座って、足を組んで、手も組んでいる。


「……俺は、誰なんだろうね」
と、彼は言った。


その言葉は、わたしに対する質問ではなく、
まるで自分自身に問いかけるような、口調だった。


「俺は、俺でしかないのかな。でも、これだけは覚えておいてほしい」
わたしは聞き耳を立てた。


「例えば、赤い糸で結ばれた二人が、同じ町に住んでいるとする。
二人はいつか運命の人に会えると信じている。


けれども、一人は、昼間の世界に生きていて、
もう一人は、夜中の世界に生きている。


だから二人は決して出会うことができないんだ。
同じ町に住んでいても、違う世界を生きている」



その言葉は、
私の耳に張り付いて取れなかった。





光が影を生む限り




決して出会うことは、
できないのだという事実。
< 3 / 37 >

この作品をシェア

pagetop