御曹司様の求愛から逃れられません!
彼にしか聞こえないくらいの弱々しい声でそう尋ねた後、「しまった」と思った。ドキドキしているのがバレてしまう。何をひとりで勘ぐっているの?と思われる。

「……何か問題あるか?」

意味ありげな笑みを浮かべるけど、絢人さんはきっと深い意味はなかったはず。ふたりで宅飲みするなんて、学生時代はいくらでもあったじゃない。

今はバリバリの御曹司様なんだし、わざわざ私を自宅に連れ込んで何かしようなんて思うわけがない。
第一、私たちはそういう関係じゃないし。

「緊張してるの?……真夏」

肩を抱いている手とは反対の、彼の長い指が私の顎を持ち上げた。
また私をからかって……!
キスをする他にこの距離に人の顔があったことはないから、私はさすがに恥ずかしくなって歩みを再開させる。

「い、いいですから!もう分かりました。行きましょう」

意地になって一歩先を歩き出した私に、「優しくする」とか意味の分からない冗談を耳元で囁いてから、彼は一度浮いた手をしっかりと私の肩に戻した。


──この後どうなるのかも知らずに、私は彼のマンションへ向かったのだ。

< 16 / 142 >

この作品をシェア

pagetop