政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
「さ、触らないでください!」


彼の指を払いのけるつもりだった私の手は、勢い余って彼の左頬を叩いてしまった。パン、と意図せず小気味よい音が無人の廊下に響く。

「あっ……!」

自分のしでかしてしまったことに焦って、彼を見つめる。叩いてしまった手が震えだす。

叩いた彼の頬がほんの少し赤くなっている。サーッと身体中から血の気がひく。

どうしよう……わざとじゃないとはいえ男の人を叩いてしまった!

「す、すみません、あの、私」
どう謝罪してよいかわからず狼狽える私に、フッと口角を上げる。

「わ、わざとじゃなくて」
慌てて頭を下げる。

その時、緊迫した空気が甲高い女性の声でかき消された。

「専務! ここにいらっしゃったんですか!? あちら側のエレベーターホールにいてくださいと申し上げましたよね!?」
「……赤名(あかな)」

私をその広い背で隠すようにして、近づいてくる女性に振り返る。

「この後のスケジュールをご存知でしょう! 勝手な行動は慎んでくださいっていつも申し上げてますのに!」

カツカツと小気味よいヒールの音を響かせるパンツスーツ姿の女性は、とても綺麗な人だった。長めのショートカットに完璧に施された化粧。まさにキャリアウーマンといった感じの大人の女性。
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