政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
「遅くなってすみません」


突然、柔らかな落ち着いた男性の声が頭上から聞こえてきた。その姿に一瞬声を失った。

反射的に顔を上げた私の目の前にいた人物には面識がある。だけどこの人は私の見合い相手ではない。


「……どうしてあなたが、ここに?」


そんなありきたりな言葉しか口にできなかった。瞬きを繰り返す私に、眼前の彼はその美麗な顔を綻ばせ、平然と告げる。


「君と見合いをするから」


春の訪れを感じさせるような陽射しがティーサロンの大きな窓から差し込む。その光が長身の彼を照らす。ただ立っているだけなのにその存在感に圧倒される。

何を言っているの? あの日、百貨店で別れて以来もう会うことはないと思っていたのに。


「……どうして梁川さんがここにいるんですか?」


訳が分からない私は、もう一度眼前に立つ美形男性にそう問いかける。

心の声が自然に漏れたようなそんな間抜けな声だった。

私の目の前にいるのはあの梁川百貨店の御曹司、梁川環、その人だった。


「君が見合いをするって聞いたから」


彼はそう言って、空席だった私の向かい側に緩慢に座る。ふかふかの絨毯は彼が椅子を引く音さえ伝えない。彼はそのまま店員を呼び止め、飲み物を注文する。

それほど混み合っていないこの場所で、私たちの様子に注目している人はいない。きっと待っていた相手がやってきた、そんな風にしか周囲にはとらえられていないだろう。
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