政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
正直に言えば本気なのか、問いたかった。


だけどそうすれば返事を求められる。
私は彼への気持ちに自信がない。その気持ちを突き詰めることが恐い。

気持ちを自覚してしまったら、彼を失った時にその孤独感に耐えられる自信がなかった。
心に芽生えた小さな温もりを失うことが恐い。

私はまだ以前住んでいたマンションの部屋すら解約できていない。このままではいけない、そう思うのに色々なことを曖昧にして逃げている。


そんな狡い自分が大嫌いだ。


彼は相変わらず忙しい。

身体を壊さないのかと心配になる。でも私には彼の仕事に口を出す権利はない。

お互いの利益が合致して一緒になっただけの私は、彼の領域に踏み込めない。

彼からは毎日素っ気ない電話やメッセージがある。ほとんどが今日は遅くなる、といったような連絡事項や事務的な内容だ。

時折彼は私について、気まぐれのように尋ねる。今日は何かあったか、不自由はないか、と。

彼にはできるだけ自分の感情を素直に表現している。電話の時は優しく根気強く、私が言いたいことや話したいことを聞いてくれる。私に自分の言葉で語らせようとする。


『大丈夫、ゆっくりでいいから』
『怒っていない』


何度そう言われただろう。


普段盗み見る彼の漆黒の瞳は恐いくらいに綺麗で感情も読めないのに、私の顔を見て話す時は泣きたくなるくらいに優しい。


でもそれも長くは続かない。

ふとした瞬間に彼は素っ気なくぶっきらぼうになる。

私にはその切り替えのスイッチがわからない。
甘えすぎてしまったのか、調子に乗ってしまったのか、図々しかったのか、といつも自分の行動を反芻するけれど答えは見つからない。

そんな時でも、夜、同じベッドで眠る時の彼は声も目も、私に触れる指さえも本当に優しくて甘い。
その彼のギャップに驚くと共に、どちらが彼の本当の姿かわからなくなる。
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