ビーサイド

有休を取った金曜日の昼下がり。
電車には人がまばらにいたが、ちょうど空いていた隅の席に腰を下ろした。

9月の終わりにも関わらず、昨日までは残暑厳しい30℃超えの日々だったが、今日は11月並みの気温まで落ち込み、ストッキングの足元が少し冷える。

はぁ、と一息つくと、体中の力が抜けていった。

誕生日だというのに、なぜこんな時間に家に帰らなければいけないのか。
そんな虚しさから出た溜息だった。

流れる景色をぼーっと眺めているうちに、
私は頬を伝う生温かいなにかを感じた。

「え」

それに触れてみて、思わず声が漏れる。

え、私泣いてる。
まさか。

顔を隠したくても、下を向けばボタボタと涙がこぼれ、かといって前を向いていたら、真正面のサラリーマンの痛々しく私を見る視線とぶつかる。

仕方なく、ハンカチで顔全体を覆った。

いまどき中学生だって、電車で泣いたりしないだろう。
アラサー女が電車で号泣、なんて誰かがSNSで笑っていそうだ。

この涙の理由は、振られたから、たぶんそれだけじゃない。
というか、それですらないかもしれない。

ずっと胸の最奥に隠してきた感情に、いよいよ目を背けられなくなった。

12年一緒にいた彼氏、洋介のこと。

たぶんもうずっと前から、私は彼を好きではなかったのだ。


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