ビーサイド

洋介との出会いは、12年前の春まで遡る。

高校へ入学して間もなく行われた、上級生による部活紹介。
洋介はサッカー部のキャプテンで、部活説明をしながら華麗にリフティングをしてみせた。

まあ、それだけなのだ。
いわゆる一目惚れ。
恐らくあのとき、大半の女子新入生は洋介に心を奪われたことだろう。
それが恋なのか、憧れなのか、まだあの頃の私たちはどちらともわからなかったが。

しかしそれを恋と断定した私は、洋介に猛アプローチをかけて、紆余曲折ありながらも夏にはその恋が叶った。

それから早12年。
もうそろそろ、というかいい加減に、結婚の話が出てもいい頃であった。

ここ最近の洋介は、不意に私が彼のスマートフォンに触れると、物凄く焦った顔をする。
休日出勤だと言って、デートのドタキャンも以前より増えていた。
最近流行の芸能人の不倫ニュースについて言及すると、決まって彼は話題を変える。

だからなんとなく気付いてはいたんだ。
ただ、だからなんだという思いの方が大きかった。

今更私たちが別れるはずがない。
12年という膨大な年月をともに過ごしてきたのだ。
それが急に出てきた女に、崩せるわけがない。

浮気していたって、本命は自分であると疑わなかった。

しかし、私のその思いの根源はもう恋ではなかった。
それには気付かないフリを続けてきたのだ。

洋介が言った、“もう好きとかじゃない”という言葉はまさにその通りであった。
私にとっての洋介も同じ存在だったのだ。

手が触れただけで胸が高鳴るような関係は、もう何年も前に終わりを告げて、溢れだす好意は、嘘みたいに溶けてなくなっていた。

でもそれでいいと思っていたんだ。

夫婦ってそういうものでしょう?
私たちは彼氏彼女ではない、夫婦になりたい。
だからこれが正解だと言い聞かせていた。

もうアラサーだから。
結婚しないきゃいけないから。

自分の中に時に渦巻く欲望には、必死に蓋をしてきたのに。

洋介が浮気相手を選んだのは、きっと同じ理由だったと思う。


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