ビーサイド

『Besaidでーす、メリクリー!』

サンタの帽子を被った俺たちに、大きな歓声が浴びせられる。
その瞬間だけは、なにもかも忘れて今だけを楽しめるんだ。

きっとそれはお客さんも同じ。だからバンドはやめられない。

今日スタジオで決めたセットリスト通りに演奏して、MCでは慎太郎が張り切ってクリスマスの思い出を話し、その間俺は次の曲に備えて心を整える。

いまだに若菜がいなくなったときに書いた歌を歌うには、この一間が必要なんだ。

そんな痛手、もう負いたくない。
28歳の朱音さんの将来なんて、まだまだ俺じゃ背負えない。

『涼さーん聞いてますかー』

『…は?』

どうやら慎太郎は次の曲にいくと告げたようだが、俺はまったくそれが聞こえていなかった。
間抜けな返事にお客さんたちは盛大に笑う。

『さーせん、やります、歌います!』

かっこわりー。
そう思いながらも、より盛り上がったフロアに安堵して、俺はあの歌を歌い始めた。

この歌の歌詞は、まぁどん底で書いたものだからかなり闇を感じるものになっている。
だが、そんな俺の書いた歌詞を見て、メンバーたちはあえてポップな曲調を提案してきたんだ。
だからまだ歌える。お客さんも聞いてられる。

この曲は俺らの代表曲といっても過言ではなくなり、動画再生回数も何百万回を突破したところだ。
そのおかげで、最近は少し大きいフェスにも呼んでもらえるようになったし、例えば朱音さんの友達に知られるようにもなった。

今まで必死に捻り出して書いてた歌よりも、こんなどん底で泣きながら書いた歌の方が売れるだなんて、どこまでも皮肉な世界である。


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