あなたの愛になりたい

潤む瞳をごまかすように、私はおどける。

「なんでお兄さんは私にそんなこと話してくれたの?」
「いや、ヴァンパイアだと脅したら怖がるかと思って?面倒だからさっさとここから出ようと思ってたんだけど、お前全然怖がりもしないし。……てのは冗談としても、だ。放っておけなかったんだよ。なんでだかな」
「だってお兄さん、襲うそぶりも何にもないんだもん。優しいヴァンパイア、だね」

そう言ったら、変なのに捕まったなって、また笑った。

「ねぇお兄さん。お兄さんは愛や恋なんて忘れた、わからないなんて言ったけど。多分、ちゃんと分かってたんだと思うよ」

私の言葉にはポカン、と口を開けて意味がわからないと言う顔をしている。
まぁ、そうだろう。
私は立ち上がって、本棚から一冊の古ぼけた本を取りだす。
再び座って、本の中から一枚の写真を取り出して差し出した。

「昔、見つけたんだけどね」

白黒の、もうぼやけきったその写真には私のひいおばあちゃんと、家族中の誰も知らなかった男の人が写っていた。
小さな小さなころの記憶。
まだまだ朧気な記憶しかないほどに小さかった頃のこと。
その中で、なぜか鮮明に覚えていることが一つある。
それは紛れもなくこの写真を見つけた時のこと。
深く記憶に刻まれたのは、穏やかなその表情が印象に残っていたからかもしれない。

『ミサばぁちゃん、これ、だぁれ?』
『ばぁちゃんの、大事な人よ』
『だいじ?』
『そう、大事』
『みんなには、内緒よ』
『ないしょ』
『そう、内緒ね』

今なら分かる。
この人の話が本当だと言うことも、私の直感が間違っていなかったと言うことも。
ひいおばあちゃんには連れ添った旦那が居なかったと聞いていた。
けれど、離別なのか死別なのかも分からず、存命の家族は誰もその人のことを知らなかった。
近所の人も、家族でさえもその人のことを批難してひいおばあちゃんにさえ辛く当たったのだという。
女手ひとつで子供を育て上げ、やがて再び慎ましくも穏やかな生活を過ごせるようになった、ひいおばあちゃんが頑なにその人のことは話したがらなかったそうだ。
私が、たまたま偶然見つけた写真を、大事に、愛しそうに見つめるその顔はとても穏やかで。
恐らく、誰も居なかったことと私がまだまだ小さかったことでひいおばあちゃんは私だけに話してくれたのだろう。

写真を見つめて、驚きの表情で固まったその人の心に、愛がないなどと誰が言えようか。

「お兄さんの顔、見た時からなんか引っ掛かってたんだよね。自分でも何かなって思ってたんだけど、話聞いて思い出したよ、この写真」

若かりし頃に、まだ穏やかに過ごしていたふたりが撮った写真だろう。
大好きだったひいおばあちゃんと、今よりも少しだけ若く見えるその人。
その人は今、静に涙を流している。
その姿はとても……
とても、綺麗だ。


「ミサばぁちゃんは、あなたのことを多分、忘れたことはなかったんだと思う。ずっと、ずっとね。愛していたみたいだよ?正隆さん。……ううん、ひいじぃちゃん」



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