仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
それでも初めは歩み寄ろうと努力をしたのだろう。

『すぐにご飯を用意するね』
『昨日ビーフシチューを作ったの。結構上手に作れたから少しでもどうかな?』

そんな風に何度も声をかけて貰った。

彼女なりの気遣いだった。

けれど自分はその全てを拒否した。

久我山家と逆らえない自分自身への怒りが強く、ただ受け入れられなかった。
そうすることで相手がどう感じるかを考える余裕がなかったのだ。



ファイルを机の鍵付きの引き出しに仕舞う。その際、大きな封筒が目に入った。

牧之原病院の名前が記載されたそれは、以前急ぎ適当に片づけたものだった。

封筒を手に取り、中から写真を取り出す。

美琴との結婚式直前に撮ったもので、緑の樹々を背景に自分と千夜子が寄り添い笑っている。

今までそんな考えを持ったことは無かったが、不意に自分の手にしている写真が罪深いもののように思えて来た。

この写真を見れば、事情を知らない者なら恋人同士と思うだろう。

写真を撮ったことが悪い訳ではない。必要なものだった。

しかし、なぜ家に持ち帰り不注意にも美琴の目に触れる可能性のあるリビングに置き去りにしてしまったのか。

千夜子に渡されたとき、なぜ何も考えずに受け取ったのか。

頭の中に、ヒステリックな美琴の声が蘇る。

『リビングに彼女と一緒に映っている写真を放置していたけど、あれも私が見たらどう思うか少しも考えなかったの?』

不快なその声の原因は紛れもなく自分なのだと、今頃になって気が付いた。
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