仮面夫婦～御曹司は愛しい妻を溺愛したい～
「観原くん、事故の対応は迅速に行わなければならない」
「は、はい……」
「君も第二とはいえ社長秘書だ。優先順位を間違えるな」

叱責されたことが悔しいのか、千夜子は頰を赤くして、逃げるように立ち去って行った。

思いがけない義父の厳しさに、美琴が驚いていると、それに気付いたのか彼は気まずそうな表情になった。

「美琴さんの前で悪かったね」
「い、いえ……」
「彼女はちょっと問題があるようでね。私も直接話したのは初めてなんだが……まあ報告通りだな」

義父はそう呟くと、離れの玄関の方へ向かっていく。
美琴はその後を追い、急ぎ鍵を開いた。

（彼女の問題ってなんだろう）

義父の口ぶりでは、一希との個人的関係ではなく、会社内でのことのようだった。

気になるけれど、親しいわけではない義父に聞くのは躊躇われた。

義父は玄関を上がると迷いなく寝室に向かう。

離れの間取りを把握している様子だった。

（私達が住む前に来ているの？）

美琴はお茶を用意する為キッチンに入った。

お湯を沸かし、リビングのローテーブルに準備をしていると、寝室から大きな声が聞こえて来た。

「ーー口出ししないでくれ！」

美琴はびくりとして、お茶の支度をしていた手を止める。

（今の……お義父さんの声？ 一希と喧嘩してるの？）

ハラハラしながら寝室の方を眺めていると、扉が音を立てて開き、義父が出てきた。

目が合った瞬間、心臓がどきりとした。
義父の目がとても冷たく見えたのだ。

「あ、あの、お義父さま、良かったらお茶を飲んで行ってください」

気が動転したせいか、咄嗟にそんな台詞を口にしていた。

義父はテーブルの上をちらりと見た後、作った笑顔で、「ありがとう、でもまた今度ご馳走になるよ」と言い、離れを出て行ってしまった。
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