仮面夫婦～御曹司は愛しい妻を溺愛したい～

義父を見送ってから、美琴は躊躇いながら寝室をノックして扉を開けた。

一希はベッドの上で上半身を起こし、窓の外に目を向けていた。

その横顔は酷く疲れていた。それでいて他人を拒絶するような意思が溢れていて、近付くのに勇気が必要だった。

「一希」

意を決して呼びかけると、一希がこちらを振り向く。

「お義父さま帰ったわ」
「そうみたいだな」

彼の返事はそっけない。自分の父親なのにどうでも良さそうに見える。

「あの、お義父さまに聞いた？ 観原さんが来たこと……」

「いや、千夜子が来てたのか？ いつ？」

千夜子については関心が沸くようだった。美琴の返事を待っている。

「……お義父さまと同じタイミングで来たわ。仕事の件で一希に話があったみたいだけど、報告は必要ないってお義父さまがおっしゃったの。彼女は会社に戻ったわ」

「追い返したのか？」

一希は不快そうに眉をひそめる。

「追い返したとかきつい事ではなく、会社に戻りなさいって」

「同じだろ？ 分かった、千夜子に連絡を入れるから出て行ってくれ」

冷ややかに言われ、美琴は落ち込みながら寝室を出た。

（話さない方が良かったかも……）

正直に言ったことを後悔した。けれど、明日は出社するのだから、千夜子の口から聞くはずだ。

黙っていたら、もっと怒らせる恐れがあった。

（やっぱり言ったのは間違ってないわ）

なんとか気持ちを立て直し、音を立てないように部屋の片付けを始める。

しばらくすると寝室の扉が開き、一希が足音荒く出て来て、美琴を睨み付けた。

「千夜子に聞いた。追い返したのはお前だったんだな」

「え？ いえ、私は……」

「言い訳するな。今後来ないで欲しいと言ったんだろ？」

「それは……言ったけど」

美琴の返事を聞くと、一希はスッと目を細める。

「自分で追い返しておきながら、父のせいにするとは最悪だな……いいか、千夜子は俺の秘書で、お前とは違ってなくてはならない存在だ。今後同じようなことをしたら許さない」

冷酷な一希の言葉が胸に刺さり、何も言い返せなかった。

（お前とは違ってって……私は要らないと言いたいの？）

呆然としている美琴を、冷ややかに一瞥すると、一希は再び寝室に戻り、固く扉を閉めた。