仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
「用意が出来たわ。いつでも出られるから」

一希は美琴に目を向けると、特に何の感情も浮かばない顔で「ああ」と頷き、座っていたソファーから立ち上がった。

もう出るということなのだろう。

彼の後に続き玄関を出ると、運転手付きの黒塗りの車が停まっていた。

一希が仕事中使っている車で、いつもは千夜子が同乗している。

嫌な気持ちになりながらも、黙って乗り込む。

広々とした座席に収まると、車は静かに走り出した。

運転席と後部座席の間には、パーティションがあり、実質二人きりの状態だ。

(この空間に一希と二人きりなんて息がつまる)

一希も美琴と同じ想いなのか、窓の外に視線を投げたままだ。

夫婦でありながら歩み寄る気配もないふたり。
冷めきった関係を思うと、疲労感が襲って来る。

けれど、今更美琴から歩み寄る気にはなれなかった。

無言のまま時は過ぎ、あと少しで柿ノ木邸に着くという頃、一希がようやく口を開いた。

「車を降りたら弁えろ。分かってるな?」

「どういう意味?……言いたいことがあるなら、はっきり言って貰えますか?」

「今みたいな刺々しい態度は止めろ。周りに余計な気を遣わせる。それから千夜子と会っても噛み付いたりするな」

漆黒の瞳に冷ややかに見つめられ、美琴は顔をしかめた。

(まるで私が悪いみたいな言い方……元はと言えば、一希と観原千夜子のせいなのに)

不満がこみ上げるのをぐっと堪えた。

車がスピードを落とし始めたからだ。

恐らくもう到着するのだろう。
今は争うことは出来ない。

「分かっているわ」

苛立ちを抑えながら、諦めて言った。
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