愛のない部屋
嘘、それだけで。
「ほら、泣くなよ」
私にだってなんで泣いているのか、
泣かなければならないのか、
もう意味が分からないよ。
涙が止まらないだけ。
「沙奈、大丈夫だから」
タキの優しい声に落ち着きを取り戻したものの、
目から水分が溢れ出す。
こんな繊細な女じゃないのに。
「なにかあった?」
背中を擦りながら心配そうに私の顔を覗き込む。
「なにも、…ないよ」
インターホンを鳴らしても誰も出ないものだから、ひとりでに部屋に入ってきたタキは、リビングで泣き崩れていた私を見つけて駆け寄って来てくれた。
ビックリさせちゃったね。
でも同じくらい私も驚いているんだ。
「沙奈、溜めずに吐いて良いよ」
優しい声に、気持ちがすっと楽になる。
泣き止むまで待っていてくれたタキの胸に顔を埋めた。
「ただ昔のことを思い出してたの。本気で憎んだアノ人のことを考えていたら、泣けてきちゃって」
アノ人と同じように嘘をついた峰岸を理由もなく許せなかったんだよね。
「あんな奴のことなんて忘れちまえ」
ぎゅっ、と私を抱き締めたタキの体温を感じながらそっと目を閉じた。